note
シルクロードの文化と建築(日本工業倶楽部)、大高正人展(近現代建築資料館)
(04/february/2017)

山田正亮展(近代美術館)、茶道具展(近代美術館工芸館)
(08/february/2017)

ラスコー展(科学博物館)
(15/february/2017)

シンポジウム「建築の記憶-大阪万博の建築」 橋爪紳也・大林剛郎・隈研吾氏・竹山聖(近代美術館)
(25/february/2017)

  note
アセンブル_共同体の幻想と未来」展(GYRE)、GROOVISIONS 5×27 展(spiral)、DOMANI・明日展 (新美術館)
(14/january/2017)
カール ラガーフェルド写真展(シャネル)、吉岡徳仁 - スペクトル(SHISEIDO GALLERY)、青木美歌 - あなたに続く森(POLA MUSEUM ANNEX)、中村至男展(クリエイションギャラリーG8)、堀部安嗣講演会(イイノホール)
(27/january/2017)

  note
安藤忠雄 講演会『建築と光』(東京国際展示場)、WASHI 紙のみぞ知る用と美 展 The Wondrous Beauty and Utility of Japanese Handmade Paper(LIXIL gallery)
(15/december/2016)

北太平洋と北西海岸先住民のトーテム(世田谷文化生活情報センター生活工房)
(16/december/2016)

  note
アトリエ・オイ展 マテリアル プレイ(AXIS GALLERY)
(08/november/2016)

ロバート・フランク & シュタイデル展 Robert Frank- Books and Films. 1947-2016(芸大陳列館)、GUCCI 4 ROOMS(GUCCI GINZA)、水屋・水塚 -水防の知恵と住まい-展 Mizuya-Mizuzuka Shelter on Elevated Ground(LIXIL gallery)
(14/november/2016)

  note
塚本由晴講演会(近代美術館)、蔦珈琲店・旧 山田守自邸
(02/october/2016)

AINO AALTO アイノ・ア-ルト Architect and Designer ―Alvar Aalto と歩んだ 25 年(Gallery A4)
(07/october/2016)

ミシェル・ブラジー展 "リビングルームII"(Ginza Maison Hermes)、そばにいる工芸(SHISEIDO GALLERY)
(12/october/2016)

  note
トーマス・ルフ展(近代美術館)
紙と色とデザイン スペシャルトーク 伊藤 弘×後藤史子(竹尾見本帖本店)
(14/september/2016)

塩田千春「鍵のかかった部屋」展(神奈川芸術劇場)
創造の場所ーもの派から現代へ展(横浜市民ギャラリー)
微細な絹糸が空間を震わせているような作品に惹き付けられて、しばらくぼーっとながめる。
(25/september/2016)

  note
村上春樹とイラストレーター - 佐々木マキ、大橋歩、和田誠、安西水丸(ちひろ美術館・東京)
村上春樹の訳したジョン・アーヴィングの"熊を放つ"は、フィッツジェラルドやカーヴァー、カポーティ、サリンジャーとくらべても特別な印象が鮮明にこびりついている本なので、その表紙(和田誠による)が一番最初に展示されていてなんだかうれしくなる。あと、安西水丸による"中国行きのスロウ・ボート"の表紙には、ずいぶん昔から惹かれつづけていたみたいだ。(01/august/2016)

ココ、言葉を話すゴリラ(Ginza Maison Hermes)、奥村雄樹による高橋尚愛 展(Ginza Maison Hermes)、石内都展 Frida is(SHISEIDO GALLERY)、ウルトラ植物博覧会2016 西畠清順と愉快な植物たち(POLA MUSEUM ANNEX)
(11/august/2016)

スミルハン・ラディック展 Smiljan Radic/ BESTIARY(GALLERY MA)
(21/august/2016)

  note
ミケランジェロ展、講演会 ミケランジェロの建築に見る古代との闘い(Shiodome Museum)
ミケランジェロの建築には(特にラウレンティーナ図書館の玄関ホールに入ったときは)なんだか得体の知れない不気味さを感じた。システィーナの天井画のような明朗さはないけど、ミケランジェロの建築作品ではその得体の知れなさが魅力かもしれない。(02/july/2016)

スミルハン・ラディック講演会(イイノホール)
(08/july/2016)

ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 報告会(国際交流基金)
(27/july/2016)

  note
複製技術と美術家たち(横浜美術館)
(03/june/2016)

バーミヤン天井壁画(東京藝術大学)
(14/june/2016)

すみだ北斎美術館 見学会
黄金のアフガニスタン(表慶館)
(19/june/2016)

  note
トークイベント宮前義之(国立新美術館)
三分一博志展(ギャラリー間)
(15/may/2016)

カラヴァッジョ展 CARAVAGGIO(国立西洋美術館)
特に後期のものが圧倒的。"エマオの晩餐 The Supper at Emmaus 1606"のキリストの身振りやキャラクターの設定によるかっこよさはrock star(たとえばアンソニー・キーディスとか)のようにも見えた。"洗礼者聖ヨハネ  Saint John the Baptist c. 1597-98"もかっこいい。"マグダラのマリアの法悦 Maddalena in estasi (Mary Magdalene in Ecstasy), 1606"は、2001年の庭園美術館での展示の同じタイトルの作品("クラインの"マグダラのマリアの法悦として知られていたもの)よりも、今回の作品("ロンギのプロトタイプ"として知られていたもの?)のほうが数倍惹きつけられるものを感じる。
(27/may/2016)

堀部安嗣 阿佐ヶ谷書庫内覧会
(29/may/2016)

  note
バウハウス前、バウハウス以後 展(misawa bauhaus collection)
妹島和世講演会(草月会館 TOKYO GAS ARCHITECT SEMINAR 2016)
(03/march/2016)

吉阪隆正+U研究室の建築 展(国立近現代建築資料館)
アントニン・レーモンド展 (教文館)
祖父江慎+コズフィッシュ展、鼎談「漱石本制作の舞台裏」(日比谷図書文化館)
(10/march/2016)

MIYAKE ISSEY展、トークイベント 吉岡徳仁・川上典李子(国立新美術館)
(21/march/2016)

ジョルジョ・モランディ展(TOKYO STATION GALLERY)
伊東豊雄展、トークイベント日比野克彦・伊東豊雄(LIXIL GALLERY)
(31/march/2016)

THE TOMATO PROJECT 25TH ANNIVERSARY EXHIBITION "O"(PARCO MUSEUM)
トークイベント安藤忠雄 三宅一生(国立新美術館)
(03/april/2016)

三分一博志講演会(イイノホール)
(15/april/2016)

  note
フォスター+パートナーズ展 都市と建築のイノベーション(森美術館)
展示にあった他のプロジェクトにくらべて自転車専用道路"SkyCycle"は少し地味なのかもしれないけど、こういう試みに挑戦したい。それと、寄贈されて文化センターとして今年公開予定らしい"鎌倉の住宅"はどういったものになるか?たのしみだ。
(08/february/2016)

宗達:創造の波 展 古田亮 × 朝吹真理子スペシャルトーク(国際交流基金)
養源院、マティスとジャズ、宗達と舞楽、武満徹、ヤゲオコレクションのサンユウ(常玉)、我善坊谷…と、朝吹さんの話はすごい早さですすんでいってこっちも興味と視界がふわっとひろがっていく。
(27/february/2016)

岸 和郎:京都に還る_home away from home展 ギャラリートーク「茶室と京都」 中村義明 × 岸和郎(TOTOギャラリー・間)
孤篷庵、真珠庵、西本願寺対面所の話、特に中村さんの言葉「あきらめずに、自分の材料で」がつよく印象にのこる。ギャラリー・間が昨年くらいから日曜も開館になったのはとてもうれしい。
(28/february/2016)

  note
世界のブックデザイン2014-15 + 中島英樹、町口覚、毛利彩乃トークショー(印刷博物館 P&Pギャラリー)
大量のいい本にふれてうっとりする。
(30/january/2016)

  note
山崎亮 講演会「新しい市民参加の時代」(コニカミノルタ)
(02/december/2015)

坂茂 紙の建築と災害支援(世田谷文化生活情報センター生活工房)
青木淳|三嶋りつ惠 光のあいだ(シュウゴアーツ ウィークエンドギャラリー)
それぞれ三軒茶屋で見た後、
アンドーギャラリー 安東孝一さん トークショー(CLASKA Gallery & Shop "DO")
アンドーズ グラスでのジャスパー・モリソンや葛西薫の仕事の他、本当にいろいろな話が刺激になる。
(12/december/2015)

  ご案内
"紙のアーチの菴"プロジェクトの展示を、富士市の古民家で12月13日までおこなっています。
 紙のアートフェスティバル (富士市ウェブサイト)
(07/november/2015)

  note
建築家 フランク・ゲーリー展 "I Have an Idea" + 西沢立衛、宮島達男 トークシリーズ "ぐにゃぐにゃ"形成と形態について(21_21 DESIGN SIGHT)
いろいろな要素が影響しあって建築家が統括的に建築つくりを制御することは難しくなってる状況の中で、フランク・O・ゲーリーが意図することを最終にかたちにするために、手法・手段を模索しながらつくりあげてきたことが見えてくる。
(14/november/2015)

創造と神秘のサグラダ・ファミリア試写会 + 岡啓輔・佐藤健寿トークイベント(セルバンテス文化センター)
(26/november/2015)

槇文彦展 Fumihiko Maki, Maki and Associates 2015(代官山 ヒルサイドテラス)
(29/november/2015)

  note
妹島和世/西沢立衛/SANAA スタディ模型展 + フランク・O・ゲーリー×二川幸夫 写真展(GA gallery)、 MUJI HUT(ミッドタウン・ガーデン)、他、ぐるぐると見る。
(3/november/2015)

静岡まで設営に行く途中、いくつかのトンネルのあいまから見える海の反射光をあびて全身うっとりする。
(18/october/2015)

  note
「ル・コルビュジエを取り巻く人びと」(ギャルリータイセイ)
(05/september/2015)

「ル・コルビュジエ×日本 国立西洋美術館を建てた3人の弟子たちを中心に」(国立近現代建築資料館)
「ル・コルビュジエ 女性と海」(国立西洋美術館)
だいぶ前に村上春樹の小説を読んでいたとき、その中でコルビュジエの絵画のかかった部屋がでてきて少しおどろいた。展示されたコルビュジエの"女性と海"の画を見ながら、その絵を想像する。
(25/august/2015)

「写真家としてのル・コルビュジエ」展(會津八一記念博物館)
コルビュジエが撮ったガルダイヤの写真にひきつけられた。以前の展示でも感じたことだけど、イームズの写真も似た視点を感じる。
(02/august/2015)

  note
フィールドオフィス・アーキテクツ展 "Fieldoffice Architects Living in Place"
ホァン・シェン・ユェン講演会(建築会館ホール)
(10/july/2015)


このところ新国立競技場の問題が大きくとりあげられていた。"予算"や"責任の所在"もとても大きい問題だと思うけど、新聞の報道を見ていて感じるのは、普段から建築の魅力や意義を伝えてもらえていたら議論や理解ももっと違ったのものになったはずなのにな、ということだ。ふだんの生活の中で住環境や公共施設にかけてるコストの割合に比べて、建築文化が取り上げられる機会がとても少ない。映画や展覧会、CDのレヴューとかの他の芸術文化の掲載機会にくらべても少ない。たとえばいい建築が人のこころにはたらきかけること、それによって生まれる良い効果・影響について、新聞の普段の紙面が伝えられることは他芸術と同じように本当にたくさんあるはずなのだけど、と思う。
建設時には多くの問題をかかえながら1973竣工して現在は街の象徴のようであり世界遺産となった"シドニー・オペラハウス"のような効果・影響をうみだせるいいスタジアム・いい建築をつくることを切望してる。

  note
"水無瀬の町家"見学会 (戦後日本住宅伝説 挑発する家・内省する家(八王子市夢美術館))
建物全体のスケールと密度がつくる雰囲気がつよく印象に残った。慣例的な住宅への違和感や偶発的な要因を注意深くあつかうことでできるものごとについて考える。(21/june/2015)

Thomas Demand トーマス・デマンド展(taka ishii gallery)、高橋コレクション展 ミラー・ニューロン(オペラシティーアートギャラリー) (26/june/2015)

  note
ミナ ペルホネン展覧会(spiral)、藤本壮介展(ギャラ間)、鈴木崇展(IMA CONCEPT STORE)
他、途中で、herzog & de meuronによるmiu miu store、wiel arets architectsによる A' houseを外から眺める。
(04/june/2015 )

  ご案内
照明器具についてのミラノでの展示レポートが掲載されています。よかったらご覧ください。
http://www.adf.or.jp/ (02/june/2015)

  note
妹島和世講演会 (目黒区役所)
村野藤吾賞の対象となった犬島のプロジェクトのスライドを映しながらの話の中で、「時間がずーっとながれていくというのが、環境をつくっている」ということばが印象にのこる。
(15/may/2015)

ルーブル美術館展(国立新美術館)
(26/may/2015)

茶道会館見学(高田馬場)
自分のわりと近くにも、底知れない世界や社会の営みがひろがってるというのを、ひさしぶりに全身で感じる。
(28/may/2015)

  note
今井須美子 -イームズオフィス元スタッフ- トークセッション (ハーマンミラーストア)
オフィスに在籍されてた時のたのしい話のいろいろを聞く。「制約があったほうがいい。コスト、サイズ、強度、バランス、表面処理、時間…」とイームズは語っていたらしいけど、雑誌なんかで読んだ他の元スタッフのジョン・ニューハートの愉しげなコメント「締め切りは守らなかった。予算内で仕上げたこともなかったね」を思い出した。熱意や熱気にみちたオフィスだったんだろうなぁと当時を想像して、自分自身のそうした気持ちの動きや仕事のありかたを思い描く。
他、初心展(資生堂ギャラリー)、TDC展(ggg)
(22/april/2015)

藤本壮介講演会(イイノホール)
(28/april/2015)

  note
SWISS DESIGN スイスデザイン展(オベラシティアートギャラリー)
コルビュジエの母の家の写真の中に、これまで見落としていたおもしろい箇所を見つけてハッとする。あと、マックス・ビルの仕事・言葉が胸にひびく。マックス・ビルの時計はあちこちのサイトで売ってるのに、入手可能な翻訳された著書がみあたらないのは、これまで翻訳されてないのかな?
(25/march/2015)

内藤廣 講演会TOKYO GAS ARCHITECT SEMINAR 2015(津田ホール)
(05/march/2015)

  ご案内
照明器具 のデザインが、青山デザインフォーラム ミラノサローネ2015出品デザインコンペティションで優秀賞に選ばれました。(17/february/2015)

  note
James McNeill Whistler Retrospective ホイッスラー展(横浜美術館)
テムズ川やヴェネツィアを描いた"Nocturn ノクターン"のシリーズや、少女漫画のような"Harmony in Yellow and Gold: The Gold Girl - Connie Gilchrist ゴールド・ガール - コニー・ギルクリスト"に引きつけられた。その仕事(特に母親の肖像"Arrangement in Grey 灰色と黒のアレンジメント"やムンクとかも影響を受けたらしいそのタイトル、ネーミング)は本当に魅力的だ。あれこれ複雑にからまったこの世界で、ホイッスラーの言うような「芸術のための芸術」の原理?『芸術は全ての不純物から独立しなければならない。』ということについて考える。(11/february/2015)

  note
トマ・ピケティ来日シンポジウム(有楽町朝日ホール)
たとえば開演前の音楽はDAFT PUNK、壇上の椅子はPhilippe Starckとかのほうが良かったなと思う。
(29/january/2015)

ヴィジュアル・オルガンコンサート Visual Organ Concert 志賀菜穂美、ジョナサン・ウォーラーズ(Tokyo Opera City)
(16/january/2015)

  note
いろは展(DESIGN HUB)、伊東豊雄 台湾オペラハウス展(ギャラリー間)
(11/december/2014)

ザハ・ハディド展(オペラシティアートギャラリー)
ヴィジュアル・オルガンコンサート Visual Organ Concert 小野田未奈(Tokyo Opera City)
(19/december/2014)

  note
Inside Architecture - A Challenge to Japanese Societyd特別上映(19/november/2014)

  note
レアンドロ・エルリッヒ展(ART FRONT GALLERY)(04/october/2014)
コンテクストの中で建てる。日本人が手がけたスイスの現代建築 展(spiral)(15/october/2014)
安西水丸展(CREATION GALLERY G8)、荒木経惟 往生写集 東ノ空・PARADISE(資生堂ギャラリー)、長谷川堯・田代かおるトークセッション『ジオ・ポンティと村野藤吾の表現を探る」(AGC studio)(30/october/2014)
横浜トリエンナーレ(31/october/2014)

  note
ジョージ・ネルソン展(目黒区美術館)
隅のほうで上映していた"デザインの問題 いかに人を殺すか A Problem of Design: How to Kill People"が、ぐるぐるとあたまをかきまぜる。ややこしく絡まった世界で、呪われたような暴力はだれのなかにも生まれながらにただ内在している。といって、日常にちらばるだれかの権威・トラップが生むつまらない緊張感に惑わされて、ろくでもないアイデアに手を貸しちゃいけないなと、本当に思う。(07/september/2014)

  note
戦後日本住宅伝説(埼玉県立近代美術館)
大きくはない写真を見ただけでも、その空間に身をおいたいるように気持ちを強く揺さぶられる。いいものをつくる緊張感をあらたにする。(23/august/2014)

他、TYINテーネステュエ・アーキテクツ展(ギャラリー間)(07/august/2014)、 現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展(東京国立近代美術館)(20/august/2014) 、山内陸平 講演会『ネルソンのベストデザインは 「ジョージ・ネルソン」』(目黒区美術館) (30/august/2014)

  note
"nagashima house"をPROJECTS欄に加えました。
(30/august/2014)
"case study"をPROJECTS欄に加えました。(後日、さらに追加します)
(06/august/2014)

  note
日本のグラフィックデザイン2014(designhub)
(31/july/2014)

  note
「建築家とディテール 学びの連鎖」坂本一成×吉村靖孝×武井誠 司会:倉方俊輔(hikarie 8 / COURT)
壇上の3人の話の中でもとりとめのない話がおもしろく感じられた。教義や方法論では魅力あるものをつくりあげるというところまでたどり着けない。
(06/june/2014)

去年見たムンク版画展のころから、"ムンク伝"/スー・プリドー、木下 哲夫 訳(みすず出版)を時間をかけて読んだ。周りの人間との関係や考え方やスタイル、ムンクのこだわったテクスチャー(シャバンヌの影響や荒治療)とか、恐ろしいほど引き込まれる。
(08/june/2014)

窓学"WINDOWSCAPE"展 〜窓の研究プロセスからミラノサローネまで〜(designhub)
(09/june/2014)

  note
葛西薫展「ヒロシマ・アピールズ」Kaoru Kasai Exhibition: "Hiroshima Appeals"(CREATION GALLERY G8)
(14/may/2014)

椿会展 2014(SHISEIDO GALLERY)思い至ることのなかったような感覚の領域のひっかかりを、内藤礼さんの作品を見るたびに感じる。
他,コンダンサシオン:アーティスト・イン・レジデンス展 CONDENSATION: artists in residence in Hermes workshops(Maison Hermes),EXHIBITION OF WONDERWALL ARCHIVES 02 10 PROJECT MODELS(POLA MUSEUM ANNEX),ブルーノ・タウトの工芸展 The Craft Works of Bruno Taut--Taut's Design Legacy in Japan(LIXIL gallery)
(06/may/2014)

  note
The Power of Images: The National Museum of Ethnology Collection - イメージの力 - (国立新美術館)
展示作品の中でも、定規を使わない幾何学への希求みたいなのを感じるものが印象に残った。たとえばパプアニューギニアとオーストラリア・アボリジニの作品(今回の展示物の中にはなかったけどアイルランドやヴァイキングとかの渦巻き文様とかにも通じる)につよくひかれた。
(19/april/2014)(18/may/2014)

乾久美子講演会 小さな風景からの学び (建築会館ホール)
(24/april/2014)

4月5日はKurt Cobain没後20年だったらしい。TVKではじめて"Smells Like Teen Spirit"を見た(聴いた)ときは、ぱっと気持ちを持ってかれた。かっこよかった。Neil Youngの追悼コメントの一節。『きみにはほかにやるべきことがたくさんあるはずなんだ。自分が本当はやりたくないようなことをあれこれやってほしがってるファッキン連中のことなんか気にするなよ。』

  ご案内
テーブルのデザインで、青山デザインフォーラム ミラノサローネ2014出品家具デザインコンペティションに入選しました。
(20/february/2014)

  note
エドヴァルド・ムンク版画展(国立西洋美術館)
リトグラフ連作《アルファとオメガ》の中の"ろくでもない連中"の姿は、みんな薄気味悪くチャーミングだ。結局のところ本当に"ろくでもない"のは誰なのか?と考える。
(25/january/2014)
ヴォルフガング・ティルマンス展 - Wolfgang Tillmans "Affinity"(WAKO WORKS OF ART)
(28/january/2014)

  note
Gustave Caillebotte カイユボット展(ブリヂストン美術館)
(29/december/2013)

  note
NUMEN / FOR USE Exhibition "TAPE TOKYO" (spiral)
(04/december/2013)
人間のための建築 建築資料に見る坂倉準三(国立近現代建築資料館)
(30/november/2013)

  note
九州方面へ。
(09/november/2013)

  note
映画『アイ・ウェイウェイは謝らない』(森美術館)
(05/november/2013)
西沢立衛講演会(Tokyo Midtown)
(26/october/2013)

  note
ル・コルビュジエと20世紀美術(国立西洋美術館)
コルビュジエ、レジェ、ピカソの絵を見ていると、それぞれ作り手としての繊細さも感じるけど、人間そのもののエネルギーのつよさみたいなものを感じる。特にピカソの作品の力強さ・ラフさ・繊細さとが重なって説得力と魅力がある。それと、コルビュジエの絵画作品を見ながら、スイス学生会館の1階ホール壁面のフォト・コラージュとイームズのハウス・オブ・カードの視点の共通点とか、建築との関係を考えて見とれる。ひとりで集中した空気を周辺にただよわせながら作品を見てたクールな女の子にもつい見とれる。
(12/october/2013)
トーヴェ・ヤンソンの夏の家(Gallery A4)
(14/september/2013)

  note
山に籠るようなかんじで、数日、"建築の多様性と対立性"を読む。ゴリゴリと読みながら、この本、大きな写真・図版に長めのキャプションへと整理すれば50倍くらい読みやすくなるのになと思う。
(04/september/2013)
  note
「浮遊するデザイン 倉俣史朗とともに」展(埼玉県立近代美術館)

その後、新宿でOB会的なお茶会に参加し、あれこれ話す。話のながれの中で途中からじぶんの声が小さくなってたことを指摘されて、村上春樹が『自分の頭でほんとうに考えた意見というのは、多くの場合、大声では語れないことです。どうして大声で語れないかというと、それはあなたにとってとても大事な意見なので、思考をもう一度ゆっくり反復しながらでなくては他人には語れないし、そこには常に「これで本当に正しいのだろうか」という自然な懐疑があるし、その結果どうしても小声になってしまうのです。』と書いてたのを思い出し、ほんとそうだなと思う。
(16/august/2013)
  note
少し前に糸井重里が  『「何をいちばん大事にしてきたか」ぼくの、じぶんのことでしたら、もうはっきりわかっています。「自由」です』 ということを書いていたのを読んで、村上春樹がエッセイで 『日本人のいちばん好きなことばは圧倒的に「努力」なんだそうだ。僕なら迷うことなく「自由」を選ぶけどね』 と書いていたことを思い出した。
たとえばドレスコードについて。スカートにしてもズボンにしても、スカーフにしてもブルカにしても、十二単にしてもリクルートスーツにしても、ちょんまげにしてもロンゲにしても、メガネ・眼帯・マスク・補聴器・金歯・絆創膏・ヅラとかにしても、ヒゲにしてもハゲにしても、それぞれの文化の中での"正装"が、他の文化からすると"コスプレ"のように見えるだろうことは簡単に想像できるけど、僕はそれぞれの文化をそれぞれ尊重したいし他の人からそうしてもらえればうれしい。ややこしくTPOとか考えるよりは、共存共栄の方向でいきたい。
(10/august/2013)
  note
クリスチャン・ケレツ講演会 Christian Kerez Lecture: The Rule of the Game(津田ホール)
"ルール・明快なコンセプト"と"審美的な判断"との差異や距離について考える。Kunstmuseum Liechtensteinについての話も聞きたかった。
(19/july/2013)

クリスチャン・ケレツ展(ギャラリー間)
日本のグラフィックデザイン2013(東京ミッドタウン・デザインハブ)
(03/august/2013)
  note
中村好文展(ギャラリー間)
(21/june/2013)
  note
アントニオ・ロペス展 Antonio Lopez(Bunkamura ザ・ミュージアム)。
とくに大きな風景画は、ぼーっと見ることをさそわれる、それか、考えることをうながされる。

卒業旅行でゲルニカを見に立ち寄ったマドリッドのレイナ・ソフィアのミュージアムショップで、ポストカードをいくつか選んでいるときに、初めて見る風景画(たぶんその時のレイナ・ソフィアでは展示されていなかった)の乾いた写実性・寂寥感につよく惹かれた。他にぱらぱら見てるとナイスなトイレや洗面の絵も惹かれた。ピックアップしたカードをよく見ると同じ名前が書かれていて、そのときにはじめてアントニオ・ロペスを知ってから、見るたびに心のどこかのポイントをゆっくり大きくゆさぶられている。
(14/june/2013)


深堀隆介展(調布市文化会館)   樹脂のレイヤー数をかぞえる。
(16/june/2013)
  note
昔の雑誌の記事に、"住吉の長屋"の施主の方の話の中で安藤忠雄さんへ依頼する理由の一つとして「ありがたいことに建築料がメッチャ安いねん」ということがあったと書かれていた。たしか安藤さんは、光の教会でも似たような話があったと思う。

僕も本当におもしろい依頼であったら、設計料は安くてもその計画の実現に取組みたいという思いはつよい。(実際にそうしたこともある)

さらに、本当におもしろい依頼や相談で、しかも、「建設費も設計料も必要なだけ出すから、可能なかぎりいい建築をつくってくれたまえ」というような話は、残念ながら今のところ経験してないけれど、もちろんそういう建築にも取組んでみたい。

そういうわけで、資金と困難が多くても少なくても、当事務所の仕事に興味を持たれたら遠慮なくご相談いただけるとうれしいです。
(03/june/2013)
  note
陣内秀信講演会「スペイン・アンダルシアの都市と田園」(東京デザインセンター )
スライドにあった街並には本当に魅力を感じるし、熱意のこもった話を聞いているとより魅力的に見えた。
(27/may/2013)
  note
カリフォルニア・デザイン 1930-1965 -モダン・リヴィングの起源- 展(新美術館)
佐藤卓講演会(新美術館)
「日本はデザインに対して批評がない」ということを言っていた。あるべき批評としてどういうものを思い描いているのかについては話されなかったけど、たしかにいろいろな場面で"絶賛・称賛"か?"無視・拒絶"か?"ケンカをうる"か?になって、批評や対話を避けてる場面が多いかもしれない。やっぱり、"いさぎいいケンカ"よりも"風通しのいい対話・批評"のほうがかっこいい。
(11/may/2013)

松浦弥太郎、浅井隆トークイベント(ハーマンミラーストア東京)
たまたま著書を借りていたタイミングでこのトークショーを知ったので、ふっと行くことにした。片意地張らずぬけのいいメセナで、ほんとうにすばらしいと思う。売り手よし、買い手よし、世間よし。
(14/may/2013)
  note
中村好文講演会 小屋から家へ(建築会館ホール)
講演を聴いてる最中に、子供の頃たまに食べてたおかず(なんだったか思い出せない)の味だけが急によみがえってきた。そのときスライドで見ていた建築のたたずまい・外観に、濃厚なノスタルジーを感じたからかもしれない。伝統的な家屋にあるクローズドで同質的な親密さにつながってるものも感じるし、そのことが生むポピュラーさと共感の効果について考える。
また逆に、開放性・風通しの良さ・公共性についてもあれこれ思う。
(25/april/2013)
  note
映画"ふたりのイームズ  EAMES - The Architect and the Painter" (国立新美術館)
図録的な家具の紹介はすっとばした大まかな流れの中で、多くの雑誌や展覧会では天才的なインスピレーションとして紹介されたり説明を避けられてきたたことや、イームズのデザインにいままでぼくが疑問に感じていたことが淡々と語られていた。映画に出てくる元スタッフのひとたちとかもそれぞれチャーミングだ。イームズのものづくりやデザインに関するいろいろなものが、どこからうまれてきたのか?どこで消えてしまうのか?刺激になることが多くて、またいろいろ考える。
(21/april/2013)
  note
ちょうど40年前を舞台にした小説を再読していた。その中の、昔から忘れられない一文 "「行動が思想を決定する。逆は不可。」というのが彼らのモットーだった。何が行動を決定するのかについては誰も教えてはくれなかった。" …こういうユーモアある文章は大好きだ。現実世界でそういう"彼ら"のようなひとに対面した時は、あまりユーモアも感じられないけれど。斎藤環がヤンキーについて定義?していた "「理屈こねている暇があったら行動しろ」というのが基本的なスタンス。主張の内容の是非よりも…" みたいなひとは今も多いし、ただのブラックジョークとちがって他人事じゃないからぐるぐる考えつづける。

このところは他に、Finn Juhlや木製玩具とかについての本を読んだ。あと、Hedi Slimaneを経由して知ったTy Segallを繰り返し聴く。唖然とさせられるひと・ことに対面したとき、頭の中で鳴らす曲には"Pretty Baby"なんかいい。
(15/april/2013)
  ご案内
izukougen houseのオーナーから、先日教えていただいたのですが、OZ magazine 増刊 OZ Travelに、izukougen houseの雑貨店"moa"が掲載されています。 すごくたのしんで暮らしていらっしゃる雰囲気が伝わってきます。
(20/march/2013)
  note
短いミーティングのあとに、ローラン・ネイ 橋梁のデザイン(design gallery1953)と、二川幸夫・建築写真の原点 日本の民家一九五五(Shiodome Museum)を見に行く。ほとんど予備知識なく見た日下部邸の写真は、深く胸にひびいた。他、Maison Hermes、ggg、SHISEIDO GALLERYなど。
(23/february/2013)
急逝された二川幸夫さんへ深い哀悼の意を表します。
(12/march/2013)
  note
家具のプロジェクト"chair-L"をPROJECTS欄に加えました。いくつか他のサイト(Plataforma Arquitecturaなど)でも紹介しています。
chair-Lは、とても軽い椅子(1.6kg)です。厚さ2.3mmの合板一枚分だけでつくりあげています。
(22/february/2013)
  note
第13回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展 日本館「ここに、建築は、可能か」帰国展 Homecoming Exhibition of the Japan Pavilion from the 13th International Architecture Exhibition - La Biennale di Venezia(TOTO GALLERY・MA)を見にいく。
(02/february/2013)
  note
柴田文江 × 葛西薫 対談(サントリー美術館)
葛西薫の最近の装丁の仕事の紹介の中で、『サラダ好きのライオン/村上春樹(8月に読んだ)』・『建築を考える/ペーター・ツムトア(9月に読んだ)』・『First Born/有田泰而(先月のほぼ日の連載で紹介されてた記事を読んだ)』と、魅力を感じてる本がたくさんあって(それが葛西さんの仕事だと知らなかったのだけど、それだから尚更)やわらかな話ぶりに引込まれた。いくつかの刺激になった言葉を起点にしてあれこれ考える。
(14/december/2012)
  note
ゲルハルト・リヒター展 - Gerhard Richter "New Strip Paintings and 8 Glass Panels"(WAKO WORKS OF ART)、イームズ展 - essential EAMES(ozone)、他にDESIGN HUB、ギャラリー間など見る。
 
イームズは2001に東京都美術館・2005には目黒区美術館と、数年ごとの展覧会開催でブームからずいぶんと神話のようになっている。そういった状況変化はあっても、白黒の写真やちょっとした言葉の中の"たのしさ"は色あせずに感じる。チャールズ・イームズは、数日前に亡くなったオスカー・ニーマイヤー(こちらは生ける伝説だったか)と同い年・1907生まれということに驚く。イームズやニーマイヤーの資料をぱらぱらと見ていたら、ちょうど一週間後の12月15日がレイ・イームズとニーマイヤーの誕生日だったと知って、へぇ〜!と思う。
 
9日はオノ・ヨーコ講演会。「"潔いケンカ"よりも"風通しのいい対話"がかっこいい」という意識・ロールモデルの広がりを想像してみる。
(08/december/2012)
  note
青山近辺の展示等をいくつか見てまわる。表参道の歩道橋の眺めがおもしろくて、ケヤキの紅葉もきれいだった。
(04/november/2012)
  note
小さな建築 - 隈研吾講演会(よみうりホール)
講演の中で出てきた"北海道アイヌの住居建築のチセ"や"山口県豊浦の少し変わった版築の土蔵"は、はじめて知った。おもしろい。
(18/october/2012)
山下保博講演会(建築会館ホール)
(01/november/2012)
  note
打合せの行き帰りの電車で、"世界を変えるデザイン DESIGN FOR THE OTHER 90%"/シンシア・スミスを読む。とくにキックスタート、灌漑用の小型ポンプに説得力を感じる。いろいろな失敗の事例も示唆に富んでいて、刺激になる。以前の同じタイトルのAXISでの展覧会を思い出しながら考える。 ちょうど、4日の岩波文庫の今日の名言ににあった「手軽なことだ、災難を身に受けない者が、ひどい目にあってる者らに、あれこれと忠告するのは」("縛られたプロメーテウス"/アイスキュロス)というのとも重なるとこがある。困難な状況にある人やひどい目にあってる側の人に向かって、深刻ぶってあれこれ語っても、あるいは設計・計画・提案しても、よほど洞察力・説得力・魅力がなければ(根本的には想像力がなければ)、大抵はなんにもならない。
 
ひどいことしながら恩着せがましく「あなたのためだから」っていう外為オンラインのCMが数年前にあっておもしろかったけど、自分も含めて案外多くのひとはいろんな場面で同じことをしてしまっていると思う。誰かのためになにかが出来るという考え方は、恩着せがましくただ傲慢なだけということがけっこうある。他者のためになる、というのは本当はむずかしいことだ。だから、自分の行動原理を善意や正しさや使命感で説明するひとよりは、自分の好きなことをしているという覚悟や認識をもって活動しているひとに、大抵の場合ぼくは好感をもってきた。開き直って利己的になったほうがいい、と思っているのでは全然ない。どれだけすばらしい洞察力があったとしても汲み取りきれないものはあるし、自分の責任で活動するのであればその判断のなかに利己的な部分がないと言い切れるひとはいないはずだ、と考えている。
 
もちろんだれかのためにいいことができたならとてもうれしい。だけど、簡単に「誰々のため」とか言う人たちは、たとえば"塞翁が馬"的な視点でとらえたときそれが本当にその人のためになったと、なにを基準にして考えて言ってるんだろ?と、いくつもの大きな災害のあとのあれこれを見ていてどうしても敏感になってくる。
 
以前に読んだ別の建築ボランティア本の中で、地元の対応のひどさに「だれのためにやってるんだ」と設計者が何度も愚痴っているのがあった。この「だれのためにやってるんだ」は「あなたのためだから」に直結してる。でも、そもそも"誰々のため"と動機付けを自分以外の他の誰かにゆだねることが間違いだと思う(特につくり手としては)。自分がやりたいからやる・自分がつくりたいからつくる、とごまかしなく心の底からそういう感覚・意識あるいは覚悟があって活動しているなら、みずからボランティアに参加して「だれのためにやってるんだ」っていうグチはまず出てこない。喜びを感じられなければ、それ以上先に進む必要はない。自分のことを振り返りつついろいろ思う。
 
他に最近読んだのでは、"ARCHITEKTUR DENKEN 建築を考える"/PERER ZUMTHOR ペーター・ツムトア、読みながらいろいろなことを考える。どこか自己陶酔的なとこもあるけど、励まされるような感覚がある。あと、村上春樹のエッセー高橋源一郎の記事は、たまたま?どちらもドイツ(戦前、戦後)に言及していた。共感をもつとこが多く、刺激になる。
(05/october/2012)
 
追記。
「誰かのためになにかする」ということについて似たような言葉をいくつか目にした。
池澤夏樹のエッセイ『自分がしたいことだからするという以上の理由をそこに付けない』
糸井重里と西水美恵子の対談『「人々のためになることをする」って、相当こわいことだとおもうんです』
自分の活動をかえりみながら考えつづける。
  AFRICAN ARCHITECTURE PROJECT
ナイロビにあるキベラスラムの状況改善についての建築プロジェクトを、日本建築家協会で展示しました。
(ATELIER SHINYA MIURA + km design + aapで参加しました)
 
  Kenya Diaspora Conference
  2012.09 22 10:00-17:30
  JIA 社団法人日本建築家協会 JIA館
  〒150-0001 東京都渋谷区神宮前2-3-18
 
※ 主に在日ケニア人向けのカンファレンス会場での展示となったため、事前の案内ができませんでした。
  機会があればまた御案内させていただきます。
(22/september/2012)
  note
スタジオ・ムンバイ展 PRAXIS(ギャラリー間)へ。
いろいろなサンプルやモックアップに引きつけられる。色や質感に対する丁寧なテストと感じ方・感性・感覚に対する信頼感が、微妙なニュアンスをもった存在感をつくりだしているように見えた。そこから考えると、傷やエラーなしのキッチリ感が好みの日本の多くの人は、感覚に対する信頼が薄いのかもしれない。
 
最近たまたま見たムンバイを舞台にした映画"スラムドッグミリオネア"の状況からは、スタジオ・ムンバイは遠くとおくはなれて見える。同じ監督によるロンドン(一部)が舞台の"トレインスポッティング"的な状況から、たとえば今年のヴェネチア・ビエンナーレ建築展のキュレーターを務めたロンドンのデイビッド・チッパーフィールドも結構遠いかもなとふと考える。さらに連想すると、東京にもろくでもない状況・認めたくない環境はあるし、東京の建築家もそういうところからスノッブに乖離してるところがある。だけど、建築でもそういうこととも取っ組み合っていきたいなと考える。
(08/september/2012)
  note
夏の家/スタジオ・ムンバイ(ビジョイ・ジェイン)+こども工芸館/おとな工芸館 植物図鑑展(国立近代美術館)へ。
(02/september/2012)
  note
生きる形 展(東京大学伊藤国際学術研究センター 主催:東京大学総合研究博物館)
本能にすりこまれたような"骨になる"というイメージは、抽象という考え方のもとになっているのかもしれないな、と見ながら考える。 それと、不自然さを感じる色やかたちの生き物(派手な色や形の鳥とか)がたまにいるけど、それは個別の骨にも言える。それでも不思議な説得力がある。
 
展示会場のほぼとなりの福武ホールもはじめて見る。地下への階段に魅力を感じた。20年前くらいの安藤さんの大阪や神戸の商業施設を思い起こさせるところもあった。
(25/august/2012)
  note
大学セミナーハウス(吉阪隆正)と、多摩美術大学図書館(伊東豊雄)を見に行く。建築を見ながら、大阪のときからの友達とあれこれ話し考える。
(28/july/2012)
  note
Bijoy Jain lecture: PRAXIS  ビジョイ・ジェイン講演会 (津田ホール)
スタジオ・ムンバイの成り立ちや仕事の進め方についての話を聞きながら、設計施工ということについて少し考える。
(12/july/2012)
  掲載のご案内
'archdaily'に、izukougen houseが掲載されました。
The architecture website 'archdaily' featured an article about our project 'izukougen house'.
(01/july/2012)
 
※ 当事務所はfacebookやtwitterのアカウントをつくっていません。
  連絡は面倒かもしれませんがメールや電話でどうぞ気軽にお願いします。>> mail
  We do not have a facebook account. And we do not have a twitter account, too.
  note
重松象平×皆川明 建築とファッションの対話  (新宿NSビル)
話の中には出てことなかったけど、ぺトラ・ブレーゼの仕事なんかは二人の立場からはどうとらえるんだろ?
帰ってきてからコールハースの本にあるペトラ・ブレーゼのインタヴューを読み返した。その中の言葉→「われわれの職業では、イライラして欲求不満に陥るのは仕事の一部なのです。次のステップは、それを解消して、どうやって再び面白くできるか。欲求不満を建設的でクリエイティブなものに変えなくてはならないのです。」
(18/june/2012)
 note
西沢立衛講演会 (目黒区役所)
講演の最後のほうにあった中庭の話に興味をひかれた。中庭のことをいろいろ考える。
 
講演の会場だった目黒区役所(旧千代田生命保険本社ビル/村野藤吾)も中庭がある。上の写真はその中庭の池。ルーバーのファサードは遠目には理性的だけれど、内部空間では情念のようなものをとても強く感じる。だいぶ以前、目黒区役所になる前後にこの建築を見に行ったとき(何のきっかけで来たんだったか?)のとてもぼんやりした記憶・印象に残っていたのも同じことで、それは今回時間をかけて見ていても変わらずにあった。
 
あと、web magazineのdezeenでもcourtyards - 中庭・コートヤード特集のページが最近できていた(izukougen houseも取り上げられています)。このコートヤード特集を見ているといろいろなものがある。他にコートヤードでぱっと思い浮ぶのでも、ル・トロネ修道院、アルハンブラ宮殿、バラガン邸、住吉の長屋、イタリアやモロッコとかの地中海都市、町屋…と古代でも現在でも世界中にある。たくさんのひとが根源的に惹き付けられるものがあるのかもしれない。
(16/june/2012)
 note
京橋でのミーティング後に、ポーラミュージアムアネックス、ggg、資生堂ギャラリーをさらっと見る。間仕切や、来場者の傾向、展示レイアウト、照明について考える。
(26/may/2012)
 note
このところ、急なお誘いを受け、夜にお茶することがナゼだかつづいた。近所のファミレスでだらだらと話をしたりというのは、なんだかなつかしさもある。近況から、仕事のこと、横柄さと謙虚さのこと、システムのこと、塗装・左官・土間のこと、コンペのこと、もろもろ話す。噂話は若干あり、泣き言と悪口なし。
 
TEDについて耳にすることが増えてきた。これまで見たTEDのなかには、エネルギッシュでおもしろくて、ユーモアの感覚も好きだなというのがあった。
 
たまに、建築・デザイン関係の講演会とかで、壇上からだれかの悪口・陰口で笑いをさそって会場をわかしているのを見て驚くことがある。倫理やモラルを言いたいわけではなくて、権威や権力にもたれた悪口のネタ話ではただの"見世物"だし、結局はそのひとの想像力の欠如を聴衆にさらすことになる。もちろん、だれでもろくでもないのろわれた部分をもってるのだろうけど、伝えたいことがあるのならキッチリした批評を論じたり本人と直接議論したほうがいい。と、こうした批評するよりは、やっぱりCalvin Tomkins が書き留めたように"Living well is the best revenge"だと思うし、つくり手ならつくりあげたもので伝えたいことを示し証明しないとな、とかいろいろ考える。
 
(ちょっと違うけど書いてて思いだした"倫理やモラルの話"とか"震災のリテラシー"で山岸俊男・糸井重里が話してたことは、おもしろくて共感が持てるとこ多い)
(25/may/2012)
 note
望郷/山口晃展 TOKIORE(I)MIX:YAMAGUCHI AKIRA(Maison Hermes)
個人的には"男子メカごころ"は少ない方だけど、「エレクトリック・ポールズ」は場所性というか意外性があってパッと見ておもしろいし、解説にあった傍点のくだらなさとかいいなと思う。ダジャレ急騰。
 
3.11 - 東日本大震災の直後、建築家はどう対応したか 展覧会を五十嵐太郎さんが語る(herman miller store tokyo)
「(あれだけの被害の跡が)気がつくと何ものこらなかったというのではまずい。」という話があたまに残る。
(11/may/2012)
 note
ジャクソン・ポロック展Jackson Pollock: A Centennial Retrospective(東京国立近代美術館)
"インディアンレッドの地の壁画Mural on Indian Red Ground,1950"を気持ち良くしばらく眺めながら、いろいろと思い考える。
館内には学生のころの作品からドラマチックに事故で亡くなった時の新聞記事まで時系列で展示されていたせいか、作品そのものについて考えるよりも、作家の生涯の中でその作品がどのような意味合いをもつのかということをつい考えてしまう。TVのドキュメンタリー的なものの見方の影響かもしれない。
あるいは、ピカソからの影響について展示解説にも言及されてたけど、当時のピカソの影響のひろがりについてとかに興味が向う(たとえば過渡期の作品"誕生"1941と、ポロックと同年代の岡本太郎の作品"森の掟"1950とかはスタイルがすごく似ているように感じる)。
逆に、ポロックから影響をうけた作品の展示(愛知県美術館の展示時の「ジャクソン・ポロックとポップカルチャー」展と関連小展示 ヒストリー・オブ・ザ・ストーン・ローゼズHistory of The Stone Rosesとか)も、たのしみにしてたのが見れずに残念だった。 写真は、アトリエの再現展示にあったポロックの絵の具。
 
他、ピラネージ『牢獄』展The Prisons by Giovanni Battista Piranesi(西洋美術館)
(28/april/2012)
 note
神保町でミーティング終了後、北の丸の清水門まで桜を眺めにぷらぷら歩く。清水門のあたりは普段はあまりひとがいないとこなのにすごい数の人だった。次の日も近所のアグリパークで桜を見る。みんなが写真をバシャバシャ撮っている。この週末でどれくらいの枚数の桜の写真がとられているんだろう? これだけ人のうれしい気分・雰囲気をつくりだすというものは他になかなか思いつけない。そういう桜の花ような建築のありかたについて少し考える。あと、伊東豊雄が花見の宴と自身の建築の関係について語っていたことも思い出す。いつもよりも桜を見る。
(08/april/2012)
 note
"デンマーク デザインの国"/島崎信を再読。その中で、近代デザインをリードしたデンマークデザインの「慢心」が1960年代以降衰退へと向わさせたと書かれてた。そういう「慢心」の恐さを考える。
 
「プライドを持て」とか「プライドが大事」とかやたらとプライドという言葉が使われた時期があった(今もか?)。それでも、「プライドはクソだね」とstone rosesのIan Brownが昔言ってたことに僕自身は強い影響を受けてきた。Ian Brownの言う「プライド」は、「慢心」って意味だろう。原文がわからないけど、prideを辞書でひくと「自尊心」とならんで、「うぬぼれ」ともあって、その2つをへだてる壁はほんとうに薄い。「慢心」と「希薄な成果」も双子だ。
 
60年代以降のデンマークデザインと同じように、五賢帝の時代に繁栄したローマを蝕んだのだろうし、日の沈まなかった大英帝国を蝕み、世界を席巻したかのように見えた日本の大手工業メーカーを蝕んだのだろう。たぶん夏目漱石は日露戦争後の日本に慢心を読み取っていて、"三四郎"のなかのひとりが"日本も段々発展するでしょう"と言うのに対して「亡びるね」と印象深くこたえさせている。まぁ、そう大袈裟にならないでも、日常のちょっとしたことにも慢心のワナはある。
(24/march/2012)
 note
"彫刻家・外尾悦郎 ガウディに挑む"(NHK)をたまたま見た。卒業旅行中にサグラダ・ファミリアを見た時には外尾悦郎の名前は知らなかったけど、そのとき惹き付けられた生誕の門のやわらかい表情の彫刻は外尾さんが担当したものだったかもしれない。
番組のなかで外尾さんが『人生を楽観視させてくれる友人と仕事を持つこと』と言っていた。Steve Jobsの言っていた "great relationship, it just gets better and better as the years roll on."と重なる。あるいは、友人としての自分のありようを顧みて教訓的に考える。
(19/march/2012)
 note
今和次郎 採集講義 展(Shiodome Museum)
やっぱり民家の調査、とくにスケッチがいいなと思う。
(17/march/2012)
 
Karim Rashid lecture カリム・ラシッド トークショー(bo consept)
(15/march/2012)
 note
"世界の夢の本屋さん"(エクスナレッジ)を借りて、ぱらぱら眺める。街の中にあっていい本屋は本当に魅力的な空間だなと感じる。同時に、'ソフトウェアの魅力に依存する建築'と、'建築それ自体が魅力な建築'の違いについてもいろいろと考える。
 
書店と図書館の魅力の違いついても考えながら、大学の時にGAで知ったErik Gunnar Asplundのストックホルム市立図書館(+森の墓地と礼拝堂)は卒業旅行で北欧に行ったおおきな動機のひとつになったことも思い出す。そのころからずっと、時間制限や入場料のないパブリックスペースとしての広場や教会に相当するような魅力ある空間をつくりたいと考えている。
 
村上春樹が"村上ラヂオの中"で『音楽っていいですね。そこには常に理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた深く優しい個人的情景がある。この世界に音楽というものがなかったら、僕らの人生は(つまり、いつ白骨になってもおかしくない僕らの人生は)もっともっと耐え難いものになっていたはずだ。』と、書いていた。
建築も通底するところがあると思う。
 
好きな音楽・こころを鳴らす音楽は、何度も何度も聴いしまう。話が小さくなるけど具体的にたとえば、気持ちを一新したいとき、リズムよく作業をしたいとき、おちついて考え事をしたいとき、そうした曲やアルバムがあるというのはすごく助けられる。同じように、こころを鳴らす建築にも「理屈や論理を超えた物語があり、その物語と結びついた深く優しい個人的情景がある」。
 
もちろん建築には雨風しのぐシェルターとしての役割も求められるけど、それだけではない。"考えごと(ぼーっとたたずむこと)のできる建築"とか、"自分の原点を思い起こす建築"とかあれば、生きていくのを本当にたすけてくれる。それが自分の家とかでも、街の中の建築(カフェ、レストラン、shop、図書館、ヨーロッパにいるなら街の大聖堂とか、)でも、本屋さんでも、自分の中に響く建築はそう感じる。
 
あと最近は他に、"ヒューマン なぜヒトは人間になれたのか"/NHKスペシャル取材班、"怒れ!憤れ!"/ステファン・エセルとか読んでいた。
(05/march/2012)
 note
重松象平講演会 (herman miller store tokyo)
"国土"ということはが刺激になる。都市計画とかの議論の場でマスタープラン的な視点の言葉がもっと使われてもいいのかもしれない。そのあと、友人と合流して講演内容から金継ぎまであれこれと話す。
(01/march/2012)
 note
The Universe of Finn Juhl フィン・ユール展 (Living Design Center OZONE)
Finn Juhl邸の計画図面の推移の展示を見ているとたのしい。実施されなかった図面の中にErik Gunnar Asplundの夏の家の影響を感じたりもする。展示されているいくつかの椅子に座りながら、椅子や建築をつくるなかでの構造のはたす役割について考える。
(03/february/2012)
 note
Wim Crouwel ウィム・クロウェル (limArt)
Wim Crouwelの作品の多くは本当に現代的に見える。去年展示を見たIan Andersonとかにもそのまんま通じるとこがある。オランダの現代建築(あるいは少し前、90年代後半のMVRDV)のもつ実験性や表現に通じる印象も受ける。Wim Crouwelと同時代的な建築のArchigramなんかの表現は今見るとレトロフューチャーに感じてしまうことを思い返して、建築の図面表現の持つ力について考える。
 
写真の飛躍展@東京都写真美術館
チケットに使われていた春木麻衣子による作品がかっこいいなと思う。いい音楽のアルバムジャケットのようにも見える。
 
他、DAIKANYAMA T-SITEなど。
(28/january/2012)
 note
神保町で打合せ参加後に、明倫館書店に案内してもらう。本に囲まれるというのは何か独特の高揚感・陶酔感があるなとあらためて思う。3人でそれぞれ品定めし、あれこれと話した。
 
明倫館のあとはみんなとわかれて、James Welling ジェームズ・ウェリング"WYETH"@WAKO WORKS OF ARTへ。ぼくはずっとアンドリューワイエスに惹かれつづけているけど、これはその作品に描かれた場所を映した写真の展覧会。ワイエスのアメリカの静謐な風景に感じる喪失感とその裏返しみたいにぞっとするような情念みたいなものが、展示された写真からも感じられる。そういう感じは、その空間や場所によるものなのか、写真家によって増幅されているのか、頭の中でワイエスとオーバーラップしてるのか、区別がつきにくい。本当にうつくしく、底しれないものをつくることを考える。
 
それからあとに、GALLERY MA、COLLEZIONE、spiral、Found MUJI、ファーマーズマーケットを見た。
(21/january/2012)
  掲載のご案内
'dezeen'に、izukougen houseが掲載されました。
The design website 'dezeen' featured an article about our project 'izukougen house'.
(03/january/2012)
 note
Steve Jobs' Commencement address (2005)を、川沿いサイクリング途中に最近よく聞く。その話のなかの "great relationship, it just gets better and better as the years roll on. So keep looking until you find it. Don't settle." は、ほんとうそうだなと思う。Paul Smithも4月の来日時に"Never assume"と言ってたのを思いだす。
他、最近読んだものではChristoの対談記事David Meerman Scottのコメント、本では"繁栄 - 明日を切り拓くための人類10万年史"/Matt Ridleyとかがおもしろかった。
(22/december/2011)
 note
Charlotte Perriand et le Japon シャルロット・ペリアンと日本 @神奈川県立近代美術館
竹のシェーズロングのオリジナルは考えていたよりも華奢でカチッとつくっていた。
(18/november/2011)
 
Chic and Luxury -モードの時代-写真展 @POLA MUSEUM ANNEX
Ryan Gander ライアン・ガンダー 「墜ちるイカロス-失われた展覧会」 @Maison Hermes
(20/november/2011)
 
(ロマネスクの教会の模型ようにも見える上の写真は、製作中のバードハウス)
 note
Valerio Olgiati and His Architecture ヴァレリオ・オルジャティ展 @近代美術館
抽象的な構成とテクスチャーのあつかいかたに、魅力というか共感を感じる。ヨーロッパの、とくに今回はスイスの建築の壁の厚みのもつ存在感に 憧憬のようなものを感じた。
 
311失われた街展 @ギャラリー・間
展示とはあまり関係ないけど、テラスのとこに水を張っているのをはじめて見た。こういう意図のテラスだったのか…と思う。それと、ちょうどデザイナーズウィークとかもあって地方から来ている人も多いのか?元気よくバックパックを背負ている女の子のチームがいた。"目の前にあるのは素晴らしいことだけだ"っていう気持ちをかかえているように見えた。こっちもそうありたい。
(03/november/2011)
 note
写真家の知人に会う。ちょうど1ヶ月間撮影にでかける直前とのことで旅の話をする。ほかに、雨漏りの話・作品について話・表現や伝達の手段とその精度の話、などなどをゆるゆるとしながら、自分のネジはきりきりとしまったように感じる。
(30/october/2011)
 note
デンマークデザインの巨匠の自邸に学ぶインテリアの思想 / 島崎信 講演会 @リビングデザインセンターOZONE
ハンス・ウェグナー邸とボーエ・モーエンセン邸についてを中心に、ユーモアも織り込みつつ熱っぽいはなしで、共感することも多い。たとえば  "モノとしてのいのちをまっとうする、いのちがなくなるまで使う。それは、けっしてもったいないとかケチなかんがえではなく、ものとの関係を大事にすることは自分を大事にすることだ"  ということを話していた。
話を聞きながらいろいろなことを考えたけど、安易に切り捨てるのじゃなく、それを通じてじっくりといろいろなもの(自分、作り手、使い手、素材…等々)に向き合っていきたいし、そうしたことにつながるものをつくりたいとあらためて思う。
ウェグナー、モーエンセンの話から少し離れて、コペンハーゲン近郊にあるルイジアナ美術館について、"世界で一番美しい美術館"ということも言っていた。そういえば、ルイジアナ美術館については村上春樹も著書とかの中でいちばん好きだと書いていたのを思いだした。
(21/october/2011)
 note
Tradition is Innovation - ポルトガルの現代建築展@リビングデザインセンターOZONE
(03/october/2011)
安藤忠雄講演会@東京国際フォーラム
講演の最後のほうで "徹底して討論して作っていかなくてはいけない" と話していた。面倒がられたりすることが多い討論や話合いを、キチンとできる関係性をつくっていくことについて考える。
(26/september/2011)
 note
Rem Koolhaas talkevent レム・コールハース トークイベント ( TSUTAYA TOKYO ROPPONGI )
ジャンクスペースのようなシニカルな視点からの話になるのかとおもってたけど、ストレートに "(建築家として)文化的な貢献がしたい" と話していた。やっぱりそういう純真さ?を感じて刺激になる。政府と民間の再定義とか、話を聞きながらいろいろ考えがひろがる。
 
他、Alejandro Aravena The Forces in Architecture アレハンドロ・アラヴェナ展 @ギャラリー・間
(17/september/2011)
 note
名和晃平 - シンセシス展 (東京都現代美術館)
ドット・ペインティングと発泡スチロール?でできた彫像に引き付けられた。解説にデジタルとアナログという言葉があったけど、インダストリアルなものとオーガニックなもの、抽象性と手仕事、正確なリズム隊とスウィングするヴォーカル、イデアと虫食い、あるいはアルゴリズムとテクスチャー、そういう対比的なものが共存する魅力をあらためていろいろ考える。
収蔵品の企画展示にあったパウリーナ・フィフタ・チェルナのヴィデオ作品 『ヨゼフについて 「人生の3人の男たち」』(About Jozef, from the series "Three Men for Life" 2003)は、ユーモアとなんともいいがたい恐怖を感じる。
(27/august/2011)
 note
第54回ヴェネチア・ビエンナーレ美術展日本館展示「束芋:てれこスープ」公開報告会 (国際交流基金)
(09/august/2011)
 never abandon
友人が来所して、建築や都市や地震の話をする。なげやりならないこと、が大切じゃないかという話をいろいろとする。
(08/august/2011)
 note
Alejandro Aravena lecture アレハンドロ・アラヴェナ講演会 (建築会館ホール)
建築家の恣意性(審美性?)についての話、ソーシャルハウジングの話などが興味深かった。
(27/july/2011)
 big mouth, small house
4月に相談を受けた住宅のプレジェクトbig mouth, small houseの画像を、PROJECTS - 16に加えました。
(17/july/2011)
 note
PAUL KLEE:Art in The Making パウル・クレー展 (東京国立近代美術館)。
展示されていた作品の中では1925の"花ひらく木(花ひらく木をめぐる抽象)"(近代美術館所蔵なので、たいていすいてる常設展だともっと親密で気持ちよく見られる)、1934の"花ひらいて"とかが特に好きだ。見ていてると、パウル・クレーは感覚を解放すること・感情に忠実になることをホントに大事にしているなと感じる。作品タイトルも、"ご婦人のための磁気反応ナイフ"とか、いいなと思うものが多かった。
 
ちょうど読んでいた"私たちがレイモンド・カーヴァーについて語ること"(中央公論新社)にも、カーヴァーがタイトルについて、建物の一番始めに目につくところだと喩えてその重要性を話していたということが載っていた。もちろん、タイトル(あるいはファサード)偏重ってわけではなくて、いい内容があってのことなんだけど、建築を仕事としている人間には直喩的に聞こてきていろいろ考えさせられた。
 
そういえば、高校の頃にはじめてレイモンド・カーヴァーを読んだのも、"ぼくが電話をかけている場所"や"夜になると鮭は…"とか、タイトルに惹き付けられてたとこがあったと思う。そういうことも思いながら"大聖堂"とかも読み返し、レイモンド・カーヴァーの寛容さについて考える。
(09/july/2011)
 note
長谷川潔展@横浜美術館。
特に後期のメゾチント(マニエール・ノワール)の作品がとてもすきだ。言い表わすのは難しいのだけど、作品に向き合ったときに静かで深い共感を持つことができるし、一方で底無しのものを感じる。建築や文学でもそういう到達点をもつ作品はそれほど多くない。
(26/june/2011)
 note
shibaura house見学会。
天井高さがたっぷりあるテラスに立った時に、体を街に浮かべたような感覚があった。物理的にも心理的にも風とおしがいい。
目の前に見えるガラスのむこうまで簡単にはたどり着けない感じの迷宮的な空間もたのしい。
(17/june/2011)
 note
知人の事務所にむかう途中、前川國男の世田谷郷土資料館と、駒沢給水塔(双子の給水塔 or crown?)とかをちらっと見る。上の写真はその双子の片割れ。
建築つながりで、ミノル・ヤマサキの双子の塔、あるいは安藤忠雄と北山孝雄の双子の兄弟のことを考える。
「'慢心'と'希薄な成果'、'言いわけ'と'スノッブ'、'自慢'と'さげすみやねたみ'は、同じ場所からうまれる双子である」と言ったのはエマーソンか?
(16/may/2011)
  掲載のご案内
デザイン情報サイト'designboom'に、izukougen houseが掲載されました。
The design website 'designboom' featured an article about our project 'izukougen house'.
(10/may/2011)
 note
川崎市岡本太郎美術館。望月俊孝の作品"うつつみ/Shadows"は本当にまっくろな女の子に見える。雰囲気のリアルさにどきっとする。
(03/April/2011)  
WHITEOUTデンマーク木製家具職人展@東京デザインセンター。地下での展示だったけど、この建築独特のたのしげな雰囲気の空間だった。展示作品のほうは少し寂しかった。
(08/April/2011)
Paul Smith lecture ポール・スミス講演会@六本木。とてもフレンドリー。本人も言ってたように努力(making an effort, effort is free of charge)を怠らないサーヴィスの心意気かもしれない。"NEVER ASSUME!!"
(09/April/2011)
 風景
古くからの友人が来所。彼の大学院卒業祝いとその卒論についてプレゼンを聞く。他、地震と復興計画のこと、音楽のこと、好きな風景のことなどなど。いくらでも会話つづけたくなるほど、おもしろくて刺激になる。
好きな風景の話を聞いていて強い共感を持つ一方、自分にとっての明解なピンポイントの"好きな風景"をリストアップできず、そのことについてしばらく考えつづけている。
(31/march/2011)
 地震
いままで感じたことのない地震のゆれを経験し、TVでは見たことのない光景が映り、異様な緊張感がつづいている。落ち着いて自分自身で取り組むことを考えてやっていこうと思う。
(15/march/2011)
 note
Ian Anderson/The Designers Republic Come Home(ギンザグラフィックギャラリー)。
なにかが始まる瞬間の雰囲気と、ノスタルジックな雰囲気とをあわせて感じる。以前から惹かれつづけているAphex TwinのWindow LickerやCome to Daddyのアートワークが、このIan Andersonの仕事だというのを初めて知った。
(26/february/2011)
 note
オランダのアート&デザイン新言語展(東京都現代美術館)
リートフェルトのジグザク・チェアを藤森照信さんの"焼き杉"のようにしてから黒い樹脂で固めた作品(by マーティン・バース)は「燃やしましたな、こんがりと」とただ思ったが、あとで解説を読むとなるほどなと思う。展示全般についても同じように作品と解説のトーンにちょっと距離(乖離)がある気がするけど、少し意地悪なアイロニーとユーモアはどこか共通した印象があっておもしろい。あと、 撮影OKの展覧会って少し増えてきて、いいことだなと思う。
(23/january/2011)
 note
Albrecht Duer Religion/Portraits/Nature Prints and Drawings アルブレヒト・デューラー版画・素描展(国立西洋美術館)
デューラーの仕事を見ると、心身が引き締まる。
(15/january/2011)
 note
EUPHRATES展(ギンザグラフィックギャラリー)、PETER COOK展(INAX GINZA)、池田亮司展(ギャラリー小柳)
佐藤雅彦・EUPHRATESの展示のなかにある"気付き"や"スイッチ"とかの要素は日本人の性格・傾向にピタっとくるとこがあるように思う。良くも悪くも。会場もすごい人で大人気だった。
PETER COOK展は来館者に見せる親切さや審美性とかを放り出してるようなラフさだった。会場に他の観覧者が一人もいなかったので、シュールな雰囲気をあじわえた。
(25/december/2010)
 note
Dominique Perrault/ Urban Landscape ドミニク・ペロー展(オペラシティアートギャラリー)。
 
"フランス国立図書館"や"梨花女子大学"とかのサンクンガーデン的な要素のあるプロジェクトは何か共感をもった。地下の庭や広場はひとを魅了するものがあるのだと思う。ガイドにあったドミニク・ペローの言葉の「敷地も建築の素材です。その存在自体が、あるいは建築に取り込まれることによって、また取り込まれた敷地に役割を与えることによって、建築の素材になり得ます」とか「人間を地面に結び付けるということに、私は魅力を感じています。それは本能、あるいは潜在意識によるもので、神秘的なほどの原始性への回帰でもあります」とか見ながら(読みながら)いろいろ考える。
 
あと前週の12日には、Maison Hermes Le Forum、SHISEIDO GALLERY、汐留ミュージアム"バウハウス・テイスト"展をさらっと見にいった。
(19/december/2010)
 note
APOCALYPSE:From Durer to Redon 黙示録—デューラー/ルドン展 (東京藝術大学大学美術館)。
 
はじめにデューラー以前の作家の黙示録をテーマにした作品が展示されているのを見てから、そのあとにデューラーによる圧倒的な書き込み・エネルギー・描写力の飛躍を感じる作品を見る。聖書の話だけど、黙示録の性質自体が聖なる書物というよりはスペクタクル映画的なものだし、実際多くの映画や漫画のモチーフにもなってるからなのか、特にデューラーの木版画の作品のもつ雰囲気は少年ジャンプ的なものを思い出させる。デューラー自身もこれを描いていた時には、聖書のメッセージ性とかにはあまり関心はなかったんじゃないか? "恐ろしい怪物、ありえないほど美しい淫婦"を見たことがないけど、だからこそ見たいというのがデューラーの絵にあるし、そういった見たことのないことの顕現は15世紀も今の時代も同じように人を引き付けて夢中にしていると思う。
 
そのあとに東京大学総合研究博物館小石川分館の"ファンタスマ: ケイト・ロードの標本室"展を見る。展示コレクション(常設?)の、いろいろな動物の頭蓋骨標本に見入ってしまう。角のとれた一角獣の頭蓋骨をつい探してしまう。帰り道、茗荷谷駅への途中に銅御殿の横を歩き眺める。
(05/december/2010)
 住宅の眺め
友達の家でのパーティの前に、気になる住宅を眺めていく。経年変化、使われ方、愛着、周辺との関係、スケール、位置づけ、などなど見たこと感じたことを考える。そんなふうに何かどこかへ行ったついでに寄り道して、定点観測のように眺めていく住宅がいくつかある。この1ヶ月はそうした機会が多かった。
(21/november/2010)
 dialogue
"on the border"/中上健次、"考える人2010夏号"/村上春樹interview、"話を聞く技術!"/永江朗・河合隼雄・石山修武など。むかしから好きな対話のかたちの本をいくつかつづけて読んでいた。
(16/november/2010)
 note
小さな家、塔の家、家具屋など見ながらワタリウムの展覧会へ行く。既視感について考える。それから、キャットストリートの建物の変化や、最近あるのを知ったトム・ディクソンの仕事などもチラっと見る。
 
ランチに初ブラジル料理屋で、友人と近況話をしながら大量のビーフとフライドポテトをたべる。"too much"なコトについて考える。
(20/october/2010)
 note
Didier Fiuza Faustino - Agnosian Fields ディディエ・フィウザ・フォスティノ展 (HERMES)。
 
ここのスペース(あるいは製品が持ってる雰囲気?)は優美さややわらかい緊張感があるし、ここでみたいくつかの展覧会はあざやかに印象に残っている。ぼくはエルメス製品のユーザーではないけど、いい企業メセナ?いいブランディングだなと思う。
(16/october/2010)
 note
9月中は、いくつかの講演会へ行ってきた。
 
Kasper Saltoの講演会では、スライドで映し出された事務所内のプロトタイプをつくるマシンが魅力的だった。作り手の仕事場は興味深い。
 
調布駅前など近隣数駅の駅前広場の計画についての安藤忠雄講演会では、計画そのものについての話は少なく残念だった。企業は、あるいは個人は社会に対して何ができるのだろう?
(30/september/2010)
 HELTER SKELTER
Pieter Bruegel ブリューゲル版画の世界 展(Bunkamura ザ・ミュージアム)へ。
以前、フリューゲルの油絵の"バベルの塔"(1563)を美術史美術館で見て、そのあやしい雰囲気や描かれてる工事現場への建築的な興味だとかでひきつけられてた。この展覧会でも版画版の"バベルの塔"があったけど、逆に油彩版の色彩感覚のすごさを改めて思い起した。
 
メインの展示は聖書の主題や寓意・道徳教訓を描いた作品で、ストーリー性や細部にひきこまれて見てしまった。"傲慢"(1558)とかの「七つの罪源」シリーズを見ていると、つい自分のことや身の回りのことを顧みて考える……平気でウソをつくヤツ、約束を守らないヤツ、何かを買うときに安さ最優先で購入し搾取される人たちに思いがおよばないヤツ、すでに注文済みの"蕎麦"が茹でらているのにかかわらず平然と"カレーライス"に変更する権利を主張するヤツ……、そういうヤツ。
 
しかし、アイロニーだとか毒だとかユーモアを交えつつ、これだけ描き込んでも独善的にならず、風通しはいいなと思う。ごちゃごちゃした絵の中に登場するいきものを観賞・観察してると、ビートルズのヘルタースケルターが頭の中で鳴る。そういう中で"キリストと姦通女"(版画版・1579)は静かな空気が描かれて惹かれる作品だった。
(28/august/2010)
 note
建築はどこにあるの?展(近代美術館)へ。
 
夜、tvでGIORGIO ARMANI 2011SS PARIS MEN'S COLLECTION を見ていていると、ラルフ・ウォルドー・エマーソンの言葉(『ひとかどの人間になりたければ、世間に融合してはならない』)への言及があった。ラルフ・ウォルドー・エマーソン?
(07/august/2010)
 note
David Adjaye OUTPUT デイヴィッド・アジャイ展(GALLERY・MA)。
上の階の展示室にあったいろいろなプロジェクトのヴィデオの中で、通路的な空間が多く紹介されていて印象的だった。格子や色のリズムある通路は、映像では具体的な用途があいまいでより抽象的・インスタレーション的に見える(実際、インスタレーションためのもの施設もあった)。そうした"通路"への考え方にシンパシーにちかい感覚をもった。
(31/july/2010)
 note
伊東豊雄 講演会 (朝日新聞東京本社読者ホール)
「スペインでは建築家が尊敬をあつめている。なにか市民のためにいいことをやってくれる人だと思われている。地域の新聞では文化部とかじゃなく社会部の記者がすごく勉強して取材にくる。市民はそれを読んで詳しくなり、そしてたのしみにしてくれる」という話があった。いろいろ考えさせられる。「施工する人は圧倒的に日本の人がいい。クライアントは圧倒的にヨーロッパがいい」とも言っていた。日本の施工会社のひとは自信を深めるかもしれない。伊東さんの日本でのクライアントは面白くないかもしれない。笑 日本の一般メディアでもあるいは小中学校でも、もっと建築の魅力を伝えるようであっいい。
(3/june/2010)
 
安藤忠雄 (情熱大陸)
建築をつくるときにクライアントと建築家は『夢への同乗者』になるんだと言っていた。いい表現だなと思う。
(13/june/2010)
 
他、この数カ月では、竹原義二展(ギャラリー間)、ティンバライズ建築展 (スパイラル)、ルーシー・リー展(国立新美術館)、細川護熙 『市井の山居』/ 茶室『亜美庵杜』(メゾンエルメス)など。
(13/june/2010)
 note
ペチャクチャナイト(superdeluxe)に行ってきた。中で気になったのは…
 
"うまい仏"(河地貢士)すごくおもしろかった。 ちょっとまえにCNNのニュースを見て知ったばかりだったので、タイムリーさに驚いた。
 
世界を変えるデザイン展。これもたまたまタイムリーにペチャクチャナイトに行く直前にデザインハブ会場のを見たばかりだった。(展示内容では、水と電気(照明)の関係の展示が多かった。"デザイン"というよりは、"技術・テクノロジー"にスポットがあたっていて、全般的にはwiredあたりで見たような既視感もあり、それぞれのデザインの説得力に欠けているのはちょっと残念だった。 ローラー型水タンクとかはおもしろい。AXISギャラリー会場のはまだ始まってなかったので、また時間あれば見てきます。)
 
ところで、パーティートークが苦手な傾向は、立って話合うことが得意じゃないことにも関係してそうで、立って話すにしてもカウンターテーブルとかにすごく助けられていて、そうしたハレの場でも普段の生活でも机や椅子とかの家具がどれだけ自分にとって大切なものなのかということが顕出しているってことなのかもしれない。
 
終了後、遅い時間にワインやラーメンを御馳走になる。
(26/may/2010)
 
 
 
追記
世界を変えるデザイン展のAXISギャラリー会場のほうを見てきた。プロダクトそのものと一緒に、いろいろな組織や地域での活動を紹介していて、1月に展示をおこなったAFRICAN ARCHITECTURE PROJECTで取り組もうとしていることにも関係した話もいくつかあり、 とても興味深い。先週見たミッドタウンのデザインハブ会場のものよりも見ごたえがあった。
(02/june/2010)
 note
Hussein Chalayan - from fashion and back フセイン・チャラヤン展(Mot)
"airborne, autumn/winter collection 2007"のLED dressや、 "after words, autumn/winter collection 2000"のvideoは何度見てもはっとする。"between, spring/summer collection 1998"や製作過程とかの展示も見たかった。
(16/may/2010)
 頭の中にあるどこかの場所で
昨日から今朝にかけて1Q84 book3を読んだ。1、2ではハードボイルドな会話になじめなかった部分もあったのが、3では一行目からひきつけられた。まだ感じたことや考えたことがまとまりきらないけど、読んでよかった。おもしろかった。
 
読み終えてからふっと小学校の同級生について考えてた。いまでも僕の行動規範のひとつになってる子のこととか、その鮮明におもいだす場面とか。そういう巡り合わせは認識しているよりも大きな影響があるのかもしれない(といっても、ひどくまぬけなことはいまだにやってしまってたりする)。
(10/may/2010)
 note
蜷川実花展と森村泰昌展@恵比須へまとめて行った。 恵比寿に移ってからのNADiffにはじめて行った。立地戦略?に感心する。あと、dictatorという英語を覚えた。すくなくともだれでも独善的にはなりやすい。とくに専門分野で仕事しているひとは独善的になりやすいように思う。設計者のプレゼンとか、かなりの注意が必要。完璧な自己完結性はたのしい。一方、"完璧な自己完結性"から語りかけられてもその相手と回路がうまくつながりにくいってことみたいだ。
(09/may/2010)
 みかけハこハゐがとんだいゝ人だ
ちかくで用事があったので、その前に公園内の府中市美術館に少しよって開催中の歌川国芳の図録だけチェックしようとおもったらすでに完売だった。館内には若いひとも多く人気があったようだ。"みかけハこハゐがとんだいゝ人だ"のなによりナイスなタイトルにシンパシーを感じる。
 
そういえば去年のディーター・ラムス展のときも図録は完売だった。企画に独自性があり注目される貴重な(少しマイナーな)いい企画展だということなんだろうけど、以前のここでのリートフェルト展の図録も凝っている本だったので余計に図録については残念だ。こんどはポール・ケアホルム展やジョセフ・アルバース展の企画をしてもらえないかなと思う。すごく見てみたい。
(05/may/2010)
 laid‐back
友人宅の屋上デッキで夕方からバーベキュー。ここの屋上デッキはけっこう無理のある計画なのだけど、それが成功していてきもちいい。いい天気、おいしい食事。
 
食べながら、友人からトラブルの話を聞く。たとえば何か不満があるときに、冷静に伝えることがその時点でできず沈黙し、溜め込んで、あるときにいきなり爆発してしまうひとがたまにいる。その後も、話し合うことも拒絶して、それまで築いてきた仕事関係や友人関係を簡単にほうりだす。どこかで聞いたことのあるような、そういう話だった。
 
不満を伝えるときにこどものように威圧的になったり、権威を利用したり、泣き落としたりっていうのは、表層や形を変えただけで案外おとなになっても直面しておどろかされる。時代劇(西部劇)的な勧善懲悪カタルシスを、コミュニケーションのお手本として刷り込まれてしまってるんだろか?
 
そういうトラブルの場面にまきこまれ、そのたびに考えてきたけど、コミュニケーション(伝達)は大きく言えば"外交"だし、だれかが言っているように『理想的な外交官の資質として、誠実さ、正確な表現力、平静さ、忍耐と根気…』ってこともあてはまる。まぁ、もちろん難しい。
 
"根気"___建築ではたいがい長い時間かけて考え、計画し、あるいは話し合い、完成までに時間がかかる。だから、飽きるようなものをつくりたくはないし、職業的に"根気"を鍛えられているのかもしれない。しつこいってことかもしれない。 恋愛なんかでは少し事情が違いそうだけど、いろいろな関係性のなかでも根気よく考えタフに話し合えるほうがたのしいな、とか帰り道にいろいろ考える。
(01/may/2010)
 relevance
・少しまえに、PRとはpublic relationsのことなんだと教えてもらった。一般的にはPRは宣伝とか考えられてるが、社会との関係をどう考えるかはどんなひとにとっても大事だ。内輪でかたまってばかりいないで、公正に風通しよく、社会と関係をつくっていきたいと考えるなら、どうしてもこちらの意図や思いを伝えたいという気持ちは強くなる。
 
・"記憶に残るブック&マガジン 時代を編集する9人のインタビュー集"という本を図書館で借りて読みはじめた。いい雑誌は、なんかよくわからない圧倒的な楽しさ・高揚感がえられるときがあるけど、この本を読んでいるとそれぞれの編集者の人に伝えたいという強い思いが伝わってきて、すごく刺激になり気持ちも高揚する。
 
・ひさしぶりに来客がつづいた。半日話をしていた。いままでとはちがう場所に踏み込むためなので、伝えたいこと聞きたいことは多く、真剣になり、しんどい。けど、すごく楽しい。しかしまだまだこれからだ。
(09/april/2010)
 事務所飲み
友人来所。祝会。昼過ぎから夜まで、ゲリラな建築提案からノンエンジニアドまで、いろいろ話し、貴重な時間。いろいろなイメージが、じわっとインクが滲み出すように広がった気がする。
散会後、チリの地震を知る。地震のあった時間、何も知らず偶然"チリワイン"を飲んで話してたことになる。なにか複雑な感覚をもつ。世界はいろいろなことが隣り合わせに表裏一体であることと、自分のする仕事とを思う。
(27/february/2010)
 masonry
AFRICAN ARCHITECTURE PROJECTの展示に使ったmock-upの写真です。(近々、資料をまとめてupします)
(25/february/2010)
 note
内井昭蔵展@世田谷美術館。
 
コルビュジエの『住宅は住むための機械』というフレーズは、チャップリンのモダンタイムス的な住宅のことだと、よく誤解されている。"機能"を「ある物事に備わっている働き」だとするなら、コルビュジエが『住むための機械』といったときの機械の"機能"には、ひとの精神にたいしての働きかけという"機能"も当然のように含まれていると思う。たとえば、「私の意見では美意識とは人間の基本的な機能のひとつであるとためらうことなく言いたい」("建築の擁護"/コルビュジエ)ということも書いてる。
 
生命を維持するってことにかぎっていえば芸術はあまり機能的ではないのかもしれないけど、ひとが生きていくためには本人があまり自覚してなくても(酸素のように)芸術は機能している。機能と精神を別々にあつかうような考え方は、結局、建築や芸術の持っているこころに響くような特質を貧弱にしてしまう。
(24/february/2010)
 observe
ホテルでのパーティに行く機会があり、ファッションや料理やエリート意識などを観察する。スコット・F・ジェラルドなら、どんなふうな洞察をもったかな?と考えてみる。
その前に、知り合いのとこの展覧会(話せなかったけど)に寄って、いくつかの作品を見る。その他、いくつかの最近の建築を見てた。オブザーバーにな半日。刺激も思うことも多い。
(16/february/2010)
 AFRICAN ARCHITECTURE PROJECT
御案内するのが遅くなりましたが、参加しているAFRICAN ARCHITECTURE PROJECTの展覧会"AAP living KENYA"を自由が丘のケニア大使館にておこなっていました。オープニングでは大勢の方々に見ていただくことができました。ありがとうございます。機会があればまた御案内させていただきます。

  AAP living KENYA
  AN EXHIBITION ON ALTERNATIBE APPROACH TO HOUSING DESIGN & ARCHITECTURE IN KENYA
  2010.01.30 - 02.03 11:00~16:30
  駐日ケニア共和国大使館
  〒152-0023 東京都目黒区八雲3-24-3
 
※ 今回の展示中の様子は下記ジャパン・アーキテクツのページで少しご覧いただけます。
  http://world-architects.blogspot.com/2010/02/aap-living-kenya.html
(05/february/2010)
 note
ラグジュアリー:ファッションの欲望@現代美術館。
いろいろな服(展示している服もそれを見ているひとの服も)を見ていると、一般的にどんなに豪華なものであっても必要なものはあるし、どんなに質素であっても役立たずなものはあるなと思う。服についてのことだけじゃなくて。まぁ、たいてい豪華で無駄・役立たずなものが槍玉にあがるんだけど、豪華だということ自体はわるいことじゃない。
1920代(rolling twentyな、フィッツジェラルドな…)のアール・デコのドレス、1967のクレージュのミニ・ドレス、1953のサンローランの「トラペーズ・ライン」、マルタン・マルジェラの「アーティザナル・ライン」がかっこよくて、説得力があった。服も建築もひとが使ってこそって部分が大きいから、マネキンじゃなくて生のヒトが着てるところを見てみたかった。
(11/january/2010)
 note
コープ・ヒンメルブラウ:回帰する未来 COOP HIMMELB(L)AU- FUTURE REVISITED @ icc
昔の万博(行ったことはないけど)のようなレトロフューチャーな、あるいはメーリニコフのパリ万博ソ連パヴィリオンなどの系譜のような感じが色濃かった。2つの展示作品とも、わかりやすく参加しやすくできていて特に《ブレイン・シティ・ラボ》はメディアアートとしても良くできてるなと思う。ぼーっと見てしまう。
展示室の壁にいくつかコープ・ヒンメルブラウによる印象にのこる言葉が描かれていて、たとえば"architecture has the role to create spaces which are committed to provide new experiences for our senses." あたりまえのようなことを言ってるのだけれど、深い共感をもった。
(23/december/2009)
 事務所移転のおしらせ
このたび2010年1月より事務所を移転し業務を開始することになりました。
今後ともよろしくご交誼を賜りますようお願い申し上げます。(>> 事務所新住所
(23/december/2009)
 note
"生誕120年記念特別展 柳宗悦の世界"@民芸館。帰ってきてから二年前に訪れたときにスケッチしたものを見ていると、今回また同じものを2つスケッチしていたことに気付いた。日々学ぶことはいろいろと多い。公開日だった旧柳宗悦邸は床の高低差・天井高の取り方や、玄関の長屋門部分と母屋とのバランスやつなげ方がおもしろかった。laid‐back。
(18/november/2009)
 note
織田憲嗣講演会@マルニ木工東京ショールームへ。数日前にこの講演(セミナー)があることを知ったのだけど、このところの数カ月に織田さんの本をいくつか読んで、ちょうど今も雑誌"室内"のバックナンバーの三面図特集号を二冊借りていたので、行ってきた。
"日本とデンマークの家具の違いとしてあげられる印象的な特徴は、機械で作っているように見えて実は手作りなのが '日本の家具'、人がつくったように見えて実は機械でつくられたももが 'デンマークの家具'"、"日本の家具作家は手作りであることや無垢材にもたれ掛かり過ぎていて、没デザインのものが多い" といったかんじの話についてはしばらく考え続けてみようと思う。たとえば同じデザインの家具を両方の地域でつくったとしても、雰囲気やテイストに違いがでるだろうと思うけど、その要素はなんであるのか?とか。あと、以前から気になっていた織田邸の話など聞けて、とてもたのしかった。
2007のハンス・J・ウェグナー追悼展@ozoneでの興味深かったの島崎信・織田憲嗣セミナーも思い出したが、そのふたりで日本にいまだないデザインミュージアムの設立を目指しているらしい。すごくたのしみだ。
(31/october/2009)
 note
古代カルタゴとローマ展@大丸ミュージアム・東京。チケットをもらってたので、ぷらっと行ってみた。
ミネルバ像頭部が欠損部が多いけどかっこいい。欠けてしまっていることのかっこよさはミケランジェロやロダンとかの彫刻だけじゃなくて、ピラネージや最近の廃墟ブームなんかにも通じているとこがあるかもしれない。
もっとひろげると、コンクリート打放仕上げにもそういう退廃装飾的な観点・審美性をもとめるひとが昔は多かったかもしれない。バブルというかポストモダンというかの時期にはあざとくひび割れをファサードにつくったりした建物もあった。でも、そういう価値や意識にもたれかかってつくってしまうと、時間がたったときすぐに貧弱さのほうが目立つものになってしまうみたいだ。
もちろん、古代のカルタゴやローマの作り手の中だってもたれかかりでつくる人も、うぬぼれとか自己満足に溺れてる人もいたと思う。はじめに書いたミネルバ像頭部がかっこいいのは、作り手の技巧的なものだけじゃなくてなにかへの"もたれかかり"が少なかったのかも知れない。
というようなことを思ったり考えたりしながら、なによりカルタゴ≒チュニジアへの興味が大きくなった。
(25/october/2009)
 THE STRUCTURE   of trust
糸井重里が、「ほぼ日の母」と言っていた信頼の構造(山岸俊男 東京大学出版会)を読んだ。
『集団主義社会(内集団ひいきの程度がとくに強い社会のこと)は安心を生み出すが信頼を破壊する』と。たしかに"安心"と"信頼"を混同しがちで、それぞれ根っ子にあるものを区別して考えると視界がクリアーになる。陥りがちなワナとかのことを再認識する。
安心と信頼の違い、たとえばこんな箇所もある。わかりやすくておもしろい…
『信頼できない相手とのつきあいにおいても安心していられるような関係が,やくざ型コミットメント関係だということができる.このやくざ型コミットメント関係の「典型的」な例は,悪代官と悪徳商人との間の賄賂と利権の交換関係だろう.代官は悪徳商人の人間性の善良さを信じて賄賂を受け取っているわけではなく,「お前も悪よノ」などと言いながら,安心して賄賂を受け取っている。それは,賄賂を贈ったことをばらす誘因が相手にないことを知っているからである.また商人の方はと言えば,「ヘヘー,お代宮様にはかないませんが,ふ,ふ,ふ」などと答えて,これも,代官の人間性を信頼しているわけではない.』
著者がほぼ日でも話している話している信頼研究の動機とかも、共感するとこが多い。はげまされる思いがする。人間関係廻りでの"安心"って、なぁなぁだったり馴れ合いだったりが多いけど、そういうのは"信頼"と間違えないように意識しないといけない。ちょっと話ひろげると、たとえば君子之交淡若水っていうのは、"安心"できる身内や仲間を依怙贔屓する蜜月的人間関係よりは、"信頼"につながる公正さを意識してだれかを依怙贔屓するのじゃなく清く交流するということが大事だよって意味もあるかもしれない。特に、ケンチク廻りでは"安心"と"信頼"って関わりが大きいのだ。
(10/october/2009)
 長く深くダラダラ
友達が来所。いろいろ飲み食べ話す。いろいろ大変なこともある。喜怒哀楽。"sumika project"についてや、"建築家評"を『ぼくらは長く深くダラダラ』と話す。進学を検討中とのことを打ち明けられる。こちらもいくつになっても背筋をのばし、勉強し、成長していきたい。
写真はそれとはあまり関係なく、とある日の近所の多摩川。
(27/september/2009)
 note
鴻池朋子 展@オペラシティアートギャラリー。言葉を鳴らしたり響かせたりすることは難しい。物語を鳴らすことはもっとむずかしい。一見、稚拙な言葉の宗教・神話が、多くの人のこころを響かせているのを見ると、物語っていうのは簡単に力を持ってしまうように感じるが、どうやらそうじゃない。見ながらそんなことを考えた。
 
その上のギャラリー4の展示、伊庭靖子や小西真奈がかっこいい。伊庭靖子は5月にSHISEIDO GALLERYで、小西真奈はティルマンス展のときのproject Nで、それぞれはじめて見てからどっちもなんか頭の隅にはりついてた感じがする。単純にじぶんの好きな作風なのか、しばらくじっーと見ていた。
 
たとえば、たまたま雑誌の中で見つけた作品紹介の小さな写真でも、強烈なフックになって、その作家・作品が自分の中に恒久的な位置をしめることがをこともある。そういうふうに伝わることのできる物事をつくっていきたいとも思った。
(09/september/2009)
 Revisited
三年目をむかえた住宅のクライアントからおまねきいただいた。 今年になってアプローチのシンボルツリーを植えたとのこと。大きいトラブルもなく、愛着をもって使っていただいているのをみると単純に嬉しい。
 
 住宅展示場はありませんが…
設計事務所なので住宅展示場はありませんが、これまでに設計した住宅を見ていただくことができます。住宅やリフォームを検討中で見学を希望される方は、事務所まで連絡ください。住宅のオーナーの御都合もあるので、早めに連絡いただけると調整がスムーズです。(「依頼を相談中の方が見学でしたら是非どうぞ」と、これまでのオーナーからお話いただいてます)
(18/august/2009)
 less ?
alberto campo baeza カンポ・バエザの建築@ギャラリー間 "光を石のように厳密な寸法であつかう"というようなことを言っていて、ホントなるほどなと思う。 あと、展示よりも、講演会の時のスライドのほうが作品紹介という意味ではわかりやすかったかもしれない。
(18/july/2009)
 
DIeter Rams 純粋なる形象 ディーター・ラムスの時代 機能主義デザイン再考@府中市美術館。 単純なもの・明快であることがなならずしも美しいこと・普遍的であるとはかぎらないだろうけど、ディーター・ラムスのデザインはその多くが単純明快で美しいなと思う。一方で、どこか拒絶してしまう感覚もあるが、甘く"相思相愛"な雰囲気をただよわせるよりも誠実でOKだ。
 
デザイナーの自意識を感じさせる日本の最近のデザイン家電に見えるあまさがディーター・ラムスにはほとんどない。あるいは、使いやすいデザインの洗練ということだと、柳宗理や民芸をおもいだすが、柳宗理のデザインの家電(ex.ラジオとか)にくらべても、断然使い良さそう。柳宗理自身の作品の少しブルジョワ的(?)な雰囲気にくらべると、ディーター・ラムスのは(ヴィデオで見た本人の感じも)職人的だ。柳宗理がピックアップした民芸にしても職人のつくったものが多いだろうと思う。ぼくは職人的な仕事に共感をもちやすいのかもしれない。
 
家電とくらべると、展示されていた家具(イス)のデザインはピンとこなかった。ラムスは建築・インテリアを学んできたひとらしいけどなんでか。展示の後半は少しざっくりとしていて、製品・作品のテイストとあわせて、昔行ったモンゴルの品数のすくない雑貨屋を思い出した。
(20/july/2009)
 
ところで、ディーター・ラムスは"Less and More"、"Less but Better"(京都の建仁寺での展覧会のとき)とか、カンポ・バエザも"More is Less"、"More with Less"とか言ってるけど、そういう言葉遊び的なものをやたらと言うのはどうなんだろ?
ディーター・ラムスとカンポ・バエザとはその言葉だけじゃなくて、ミニマルな作風にも共通している。いくらオリジナルの"Less is More"を更新しようとしても、作品自体はそこからミースのバウハウスや建築の"更新"までうまくたどり着けるか?
 
ちょうど読み返していた村上春樹の"意味がなければスイングはない"のウィントン・マルサリスへの批評なんかとダブらせながら、さらに自分をかえりみていろいろ考えてみる… (ついでにこの夏に読んだおもしろかった本:1Q84/村上春樹(新潮社)、図説金枝篇/Sir James George Frazer Sabine MacCormack 訳:内田 昭一郎 吉岡 晶子(東京書籍)、中学生のための社会科/吉本隆明(市井文学))
(20/august/2009)
 note
Le Corbusier and the National Museum of Western Art ル・コルビュジエと国立西洋美術館。オリジナルの断面図なんかは見ているとぞくっとするかっこよさがあったが、実際の空間がそうでもないのはなぜだろ? 敷地に行くことすらなかったアルゼンチンのクルチェット邸はいい建築になっているみたいなのに、西洋美術館がいまひとつなのはどこに原因があったのだろ?
(11/july/2009)
 御意見・御感想
ひさしぶりに事務所の手伝いにきたひとと、お互い別で行った5月の宇都宮の見学会についていろいろと話し意見を交換する。
美術館でも旅でも基本的にはひとりで行って勝手なペースで見ながら考えるのが好きだけど、おなじ場所にいった人とその感想なんかを話せるのはすごくいい刺激になるし、ほんとに貴重だとあらためて思う。ただの情報交換ならメールでOKだけど、意見や感想は直接会話しないと伝わらないことも多くて、またそれがキッカケでうまれるものも多い。
(10/july2009)
 rebroadcast "izukougen house"
日曜の昼、のBS Asahiの「渡辺篤史の建もの探訪」(12:30~12:55)を見てたら、去年放送されたizukougen houseが再々放送されてた。びっくりした。たまに、一年くらい前の住宅を再々放送してるので、それで取上げてもらえたらしい。 ありがたいことです。
(05/july/2009)
 note
alberto campo baeza lecture アルベルト・カンポ・バエザ講演会。"美くしいことは善である"って迷いなく考えて追究しているようだ。 一方で、その話や作品スライドの審美的な基準はミースとコルビュジエのモダニズム?を様式として疑うことなく受け入れてるようなところがあって、少し違和感も感じた。いま、多くの建築家は作品等を語るとき、自分の審美性をスルーして(している振りをして)建築の美しさについての話ではなく、建築の成り立ちとか必然性を語るけど、カンポ・バエザは「建築の美とは何か」と躊躇なく語って、その話っぷりはおもしろかった。どきっとするような話もあった。
(26/june/2009)
 note
ハーマンミラー物語/渡辺力 平凡社。なにげなく手にとり読んだ本なのだけど、おもしろかった。とくに、ネルソンが書いたハーマンミラー初期カタログの序文(要約)は、いろんなひとに読んでもらいたい。
(22/june/2009)
 laid‐back
友達のギャラリーに行ったついでに、以前から気になっていた横浜の山手西洋館を見てきた。周辺には、最近展覧会をやっていたウィリアム・ヴォーリズの学校や、アントニン・レーモンドの住宅もある。設計した海外の建築家たちのノスタルジアがただよって、レトロな雰囲気をたのしむひとたちも多い。品よく、のんびり、くつろいでいて、周囲に開放された洋館"園"ってかんじだ。
 
1930年前後に建られた洋館が多いが、1929にはコルビュジエのサヴォア邸やミースのバルセロナ・パヴィリオンができてたことを思いながら見ると、横浜の山手西洋館の設計を担当した海外の建築家たちにとっては、日本はホントに辺境だったろうし、革新的・挑戦的であるよりもなつかしい郷里の雰囲気の建築をつくることのほうが自然だったのかもしれない。極東最前線。
 
レーモンドのエリスマン邸(1926)が比較的きもちよかった。レーモンドが来日するキッカケだった帝国ホテル(1923)の影響を感じるのは暖炉の素材(大谷石)とデザインくらいで、どちらかというとライトや帝国ホテルからは後退してるような印象もうける。エリスマン邸から、軽井沢の夏の家(現ペイネ美術館・1933)まで到達するのは時間が必要なことがわかる。
(13/june/2009)
 note
宇都宮の大谷石資料館。古代ローマ遺跡のパラティーノの丘とかドムス・アウレアとか、あとPeter ZumthorのThermal Bath Valsとかを思い出した。採掘にどの程度の意匠的・デザイン的な計画があったのか、無かったのか? またゆっくり行ってみたい。
他、いくつか建築を見る。遊具のようなたてものがたのしかった。見てまわりながら、コピー・自己模倣と、様式について考える。
(24/may/2009)
 portfolio
先日、事務所のポートフォリオを提出する機会があったので、 以前につくったものをまとめ直しました。そのPDFファイルをダウンロードして見ることができるように、下のリンク先に置いておきます。
  ■ atelier shinya miura brochure 2009(PDF 1.5MB)
(22/may/2009)
 note
友達のウチにおよばれする。おいしい料理とワインをごちそうになる。"Quiche"というのをたぶんはじめて食べた。ガルフについてのレクチャーを受ける。薫陶。そういえば、彼とはAMOトッド・リースのレクチャー「ペルシャ湾岸都市」の時に会場で偶然会ったこともあった。過去や遠い国やひとを考えて、そこに投射された自分も垣間見たりもする。
(10/may/2009)
 note
メゾンエルメスのJanet Cardiff & George Bures Miller ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラー 展。予備知識もなくその「The Forty-Part Motet 40 声のモテット」に入る。ゆっっくりと40台のスピーカーの前をまわってると、身体がぞわぞわしてくる。かっこいい。Peter ZumthorのThermal Bath Vals、とくにその中のFountain grotto 36°でのことを思い出す。音と空間の境界について考える。
「椿会展2009 Trans-Figurative」@SHISEIDO GALLERY。ここもひさしぶりに、ぶらりと入った。去年、目黒区美術館の個展も見にいった丸山直文の作品もあって驚く。伊庭靖子、塩田千春の作品がかっこいい。この日は他、Gallery Koyanagiの内藤礼など。
(09/may/2009)
 note
ルーヴル美術館展@国立新美術館。技とか方法とかをひけらかすようにしないで、いっけんシンプルな表現に見えることのほうが、伝わってくることが大きいみたいだ。
(21/april/2009)
 note
20 クライン ダイサム アーキテクツ講演会は、おもしろかったです。 ケンチクの場ではものづくりを建築学科的にお勉強やサーベイのようにするひとが多いと思うけど、 クラインダイサムのひととなりや作品にはつくることのよろこびとかたのしさとか が雰囲気としてあふれてた。
他、TWS shibuya、hhstyle.com、Paul Smith SPACE Gallery、SPIRALなど。
(17/april/2009)
 花見
友達の事務所でのワークショップにオブザーバーとして参加させてもらう。積層することについてたくさん話し、いろいろ考える。3びきの小ブタのように単純にはいかない。会の締めに近所の公園にて桜を眺める。
(04/april//2009)
 note
Diener & Diener「都市へ仕掛ける建築 ディーナー&ディーナーの試み」。バーゼルの街を思い出して何かコレという街の特徴や雰囲気を定義をするのは難しい。だけど、蓄積された歴史や歴史的建造物を中心にしないで、クールでナイスで理知的な街をつくっているありかたは、多くの街が参考にできる要素をもっているように思う。
(21/march/2009)
 note
bunkamuraへ。展示の最後のほうにクレーの作品がまとめて展示されていて、とくに女のコたちが熱心に見てた。ぼくも、クレーのかわいさを感じさせる作品がいいなとの思うし、その力はすごいなと思う。Ad Parnassumに似た描き方の作品がかっこよかった。
(20/march/2009)
 あたりまえを疑うこと
今月4日に、以前にリフォームの設計監理を行った住宅のトイレ設備器具(T社製品)で、メーカーの取扱説明書に重大な誤りがあり漏水事故がおきた。 「取扱説明書の誤り」による漏水というのは、メーカー側がユーザーにすすめているメンテナンス(温水洗浄便座の給水部フィルター部分の掃除)の手順で、止水栓を閉める指示図で逆に書かれていた為、メンテナンス時に止水栓を最大水圧側にまわすことになり結果的に200リットルくらいの水があふれでたということだ。
 
クライアント自身がずぶぬれになりながら30分程かかってなんとか止水した後、「取扱説明書の誤記」に気づきT社に連絡すると、すぐにT社は「取扱説明書の誤記」と責任を認めた。その後の打合せには、こちら設計側も同席し説明・交渉しているけど、T社の対応は二転三転し(施工者を交えての打合せで、見積依頼や補修工事日程と段取り決定した数日後に、それを破棄・保古にする等)、2週間たった今もT社内で対応を再協議中だ…
 
実はT社内では、取扱説明書の誤記だけではなく、該当商品のタンク本体下部に水漏れの欠陥があることが判明していたため、「点検」という名目で納品先を訪れてこっそりと部品を交換しその際に取扱説明書も交換していたということらしい。昨日の打合せで商品技術課課長から説明された。
 
クライアントのところにも数年前にT社が急に訪れてきて「点検」をおこなっていたとのことだけど、もちろん、欠陥部品の交換についての説明はなく、しかも取扱説明書の交換もなかったということ。
 
クライアントは漏水事故だけでも心労が大きいのに、その後のT社のズサンな対応はほとんど2時災害を受けたような状態だ。該当器具は大量製品なので、今回のクライアントの問題だけではないはず。メーカー側の説明に対して、漏水事故が建築におよぼす専門的なことをふまえて一般の方ではなかなか説明・交渉できないだろうと思うと、設計者が関与しない場合どうなるのかと心配だ。今回の事故はPL法に該当する事例だが、PLセンターや消費生活センターなどの第三者機関は示談や仲介を行うだけで、過失や違反のあったメーカーに勧告などを行うような特定の機関が無いようなのは残念だなとおもう。
 
ここ数年、偽装や隠蔽による問題が何度もあったが、とりあげられることのなかった会社では「それくらいは…」的に処理されている問題もたくさんあるのだろう。あたりまえのようなことや慣例になってることを疑うことが、だれにとっても必要なことだと痛感した。
 
それと、もうひとつ。上記のような賠償請求交渉、補修工事交渉の場面で、どうも建築の意匠や文化的な面が軽く見られてしまう。建築が大切な文化であることや文化としての価値を、もっと一般的にもまた上のような交渉の場でも認められるように、いろいろな場面で設計者は伝えていかなくちゃならないなと思う。小さな局面でも、あきらめないで伝えることが大事だ。
(18/marach/2009)
 
 追記 1
今週行った打合せで、こちらの当初からの希望どおり、被水箇所の全面的な補修(T社により工事費負担)となった。来週より補修工事が始まる予定です。(※ 上記に一部誤りがあったので訂正しました。誤:タンクの給水部部品→正:タンク本体下部)
(27/marach/2009)
 
 追記 2
なんとか補修工事が完了しました。しかしT社に対しての疑念はまだ完全に払拭できません。
今回のことでアドヴァイス等いただいた方々には本当に感謝してます。ありがとうございました。
(16/april/2009)
 note
James Welling ジェームズ・ウェリング"Notes on Color"を見に行く。torso#1は網戸の網か?(しかも今は少ない安っぽいブルーの?) その編み目がもってる原始に岩や炭でヒトや動物をあらわせたときのような驚き、デジタル、単純な美しさ・かっこよさ… 刺激になった。
(28/february/2009)
 風通し
友達が来所。いちごをもらった。美味し。都市計画についての難しい話を聞き、パブリック・日本の村社会的組織への志向と閉鎖性・風通しのよさをつくるには?なんかの話をする。あっという間。
(21/february/2009)
 note
国立博物館の妙心寺展。数年前に、妙心寺大心院の宿坊に泊まったことがあったので行ってみたが、興味をひくようなものや刺激を受けるものが少なかった。古い袈裟や書なんかが多かったのだけど、伽藍配置についてとかたくさんある関連の寺院との間の路地とか、妙心寺の全体の雰囲気や建築的なものについても紹介してもらえるとたのしい。上の写真は宿坊に泊まったときのもの。ぼくが泊まった時、朝食の席で「オハヨウゴザイマス」と声をかけられそこではじめて他の宿泊者が全員! 欧米系の方だったことがわかっておどろいたのを思い出す…
他、昨年末以降、ワイエス展、安藤忠雄展、ハンマースホイ展、オノヨーコ展(レクチャー)などに行ってきた 。
(15/february/2009)
 長く使うこと
年末くらいから今年にかけて実家の設備やMacのメンテナンスがつづいた。下の欄で書いたヴィオレ・ル・デュクも改修・メンテナンスつながりか? いろいろなものを長くつかうことがあらためて好きなんだとおもう。長くつかえるもの、つきあえるもの… 洋服でも小説や音楽も、家具も、建築も。そう考えると、長く使えるものの・飽きないことは、普遍性につながっていくのかもしれない。
建築でもリフォームやリノベーションは新築とちがう大変さがあって、またちがった面白さもある。でも、なにかをつくるということの根源の部分ではかわりはないなと思う。これまでいくつかのリフォーム、リノヴェーションにたずさわせていただいてきたけど、さらに挑戦してみいたい。(ご相談・ご依頼、大歓迎です)
(23/january/2009)
 note
コルビュジエ→ペレつながりで興味が沸いて、Viollet-le-Duc ヴィオレ・ル・デュクの本(ヴィオレ・ル・デュク -歴史再生のラショナリスト-SD選書)を読んだ。ゴシック建築の構造と現在の構造の考え方とか、熱意と冷静さと勘違いとか、いろいろ考える… ヴィオレ・ル・デュクの仕事については評価がわかれているけど、ぼくは実物の作品をほとんど見たことがないので、カルカソンヌの仕事をいつか見に行く予定。
(23/january/2009)
 note
住宅の見学会に行く。半日で数件、それぞれちがう建築家によるもの。竣工してから数年の住んでいる状態を見せていただく貴重な機会だったので、いろいろ勉強になる。偶然なのか?素材や構成に共通するものが目につく。見学会は大勢の参加者がいて、聞こえてくる感想も刺激になったし、それとちょうど見学した住宅の近くに住む友達も一緒だったので話しながら考えさせらる。
見学会解散後、友達とお茶をしながら、"delicacy"とか、"安直な批判"とかについての話をする。
(14/december/2008)
 note
PROJECTS欄内にあるk roomの写真を撮り直した大きなサイズのものと入れ替えました。k roomのページだけが以前からの小さな写真だったので、ほかのprojectと同様に写真をクリックすると次の写真に切り替わるようにしました。全部で8枚です。
(01/december/2008)
 recover TV program
8月に放送されたizukougen houseについて、御覧になれなかった方や、もう一度見てみたいという方は、番組を録画したものが事務所にあるので、よかったら見にいらしてください。
(01/december/2008)
 note
「大琳派展」。俵屋宗達の絵は、デザイン的にデフォルメしていくにしても、偶然や、遊びや、風通しのよさ、おおらかさ、 そうしたひろがりのあるものを感じる。鋭く、繊細でもある。かっこいい。そうありたい。
週末は他に、友人が勤めている材木店で銘木を触ったり見たりしながらいろいろかんがえる、かんがえる…
(16/november/2008)
 note
Giovanni Battista Piranesi ピラネージ版画展(町田市立国際版画美術館)を見に行く。ピラネージの『牢獄』は特に学生のころ興味があった。実物の版画は、『ローマの古代遺跡』なんかはデッサンのゆがみやパースのくるいもあるけど、圧倒的に執拗な丁寧さだ。『牢獄』は、他の『ローマの古代遺跡』や『ローマの景観』とくらべて、すごく荒っぽい描きかたに驚く。感覚的なスピードか、湧いてくるアイデアをこぼさないためなのかもしれない。
(3/november/2008)
 note
Dani Karavan ダニ・カラヴァン展(世田谷美術館)を見に行く。やはり、"パサージュ ヴァルター・ベンヤミンへのオマージュ"はダントツにかっこいい。もう少し関連の資料なども見てみたかった。他、つくることの愉楽や発見を感じるものが多かった。
(19/october/2008)
 note
設計友だちの住宅の改装の仕事を見学させてもらう。特に素材についていろいろと勉強になった。ゆっくり見ながら、こちらも相談を受けていた改装の物件のことを考えてた。「判断する前に徹底的に見よ」ってコルビュジエは書いてたけど、"何か"についてどう判断するか考えるときに、"何か"を実際に見ながら考えるのは、観念的になりすぎないでバランスがいいように思う。
(4/october/2008)
 note
現代美術館のパラレルワールド展に行ってきた。特に内藤礼の作品がかっこよく感じる。全体のクールな雰囲気の中に、素材の扱いや仕上げの繊細さと出入口高さや手摺のどこかユーモラスな感じがあって、引き付けられる。
(28/september/2008)
 note
安藤忠雄設計の渋谷駅をさらっと見る。吹き抜けがおもしろい。安藤作品を見るたびに、アルバイトに行っていた時の安藤事務所の所内の空気・雰囲気をヒリヒリと思い出す。
どころで、Andreas Gursky アンドレアス・グルスキーの写真で見たSao Paulo Se|サンパウロ,セー駅なんかもダイナミックな吹き抜けがあるみたいだけど、どんな空間なのかすごく興味がある。
(1/september/2008)
  "izukougen house" on air
渡辺篤史の建もの探訪」でizukougen houseが紹介されます。渡辺篤史さんは、ひとあたりがとてもやわらかで、かっこよかったです。スダ様、撮影スタッフの方々、御協力いただいた方々、ありがとうございました。勉強になりました。放送予定はこちらです。
attention!!:地方では放送時間が異なる場合があるようです)
tv asahi
2008.8.31(sun)

6:00

-

6:25

BS Asahi
2008.9.12(fri)

19:00

-

19:25

rebroadcast
2008.9.14(sun)

12:30

-

12:55

お時間あったら、御覧ください。感想などいただけるとうれしいです。
(28/august/2008)
 note
友達のギャラリーに遊びに行き、ジュエリーデザイナーの展示を見る。
いくつかの作品を見て、作家と話して、つくることのたのしさを強く感じた。僕自身は装身具をつける習慣はないけど、自分で意外なくらい惹かれて、すーっと視界がひろがるようだった。ジュエリー等について生活の中でのゆとりや付加価値的なものに考えがちだけど、にんげんが大むかしに石器をつくりはじめたのと同時期に装身具もつくりだしたのだろうから、建築、音楽、絵画、彫刻とかと同じでほんとうは人のありかたの根ッコに関係しているんじゃないかと感じた。とても刺激になった。
(23/august/2008)
 note
「建築がみる夢 石山修武と12の物語」(世田谷美術館)。「自作を語る」と「連続12講 事件と建築 1995年〜2001年9.11」の2つの講演?にも参加して、はじめての石山さんの話を間近で聴く。おもしろかったし、また内容もとても刺激になった。石山さん御本人が「『開拓者の家』より、『ドラキュラの家』のほうがいい作品だ」といった主旨のことを語っていたが、ぼくもそう思ってきたので(クライアントの姿勢としては開拓者の家にシンパシーを感じる)、ドラキュラの家関連の資料や模型とか展示してほしかった。他、猪苗代鬼沼計画の劇場案の模型がかっこいいなと思う。 
(3/august/2008)
 note
Architectural Creation Peter Markli and Jun Aok 建築がうまれるとき ペーター・メルクリと青木淳展(近代美術館)。意欲的な展示企画だ。こういった建築の企画展がいつもやってるような、建築美術館(既存の企業や団体が主体ではなく公立の)があるといいな、と思う。
(31/july/2008)
 note
Emily Kame Kngwarrey エミリー・ウングワレー展(国立新美術館)。見てると感覚が後頭部のほうからひろがっていくようだった。週末は他にGlenn Murcutt グレン・マーカット展 シンキング・ドローイング/ワーキング・ドローイング(ギャラー間)や、友達のギャラリーなど。
(20/july/2008)
 note
文京区にある銅御殿(あかがねごてん)の見学会。文化財の保存や建築のストックは、難しいところがある。いろいろ考える。
昨年末に行った前川國男設計の阿佐ヶ谷住宅(とたんギャラリー)や、今年1月に行ったもおなじ前川設計の学習院大学中央教室(ピラミッド校舎)を見た時にも考えさせられたが、保存することと壊すこと意味をもっと考えていく必要があると思う。
(13/july/2008)
 note
伊東豊雄+セシル・バルモンドの講演会
多摩美図書館やBerkeley Art Museum 等の話が興味深かった。
講演会場近くでやっていた山口智子展(女優さんではなく)にも行ってきた。
ギャラリーの内装も最近よく見るスタイルでしたが、なかなかいい雰囲気だった。
(01/july/2008)
 ありがとうございましました
雨の中、せまい事務所でのphoto exhibition + cafe project 2008にたくさんの方におこしいただき、
ほんとうにありがとうございました。主催者側の代表として御礼申し上げます。
機会があれば、次回はもっとのんびりと、もっといろいろな方々があつまって、
より刺激となる交流が図れるようなcafe rojectをやってみたいと思っています。
次回の企画も考え中です。また、コラボレーションなどの提案も歓迎です。
(01/july/2008)
 松岡建一郎 写真展:アフガニスタン【終了しました】
松岡さんは、アフガニスタンで2002〜2003年に、病院や学校の建設・修復の設計監理にたずさわってきました。
その当時のアフガニスタンの写真を個人的に見せてもらった時に、「ほかの人も見てみたいんじゃないかな?」と思い、
今回、ちょっとムリに小さなウチの事務所で写真展をやってみることになりました。
30枚程のプリント写真を見ながら、コーヒーでも飲みつつ本人の顔も見つつ、いろいろ話ができる場にしたいと思います。
・・・
『アフガニスタンに行って、帰ってきたとき、私は、世界は狭くないと感じました。
私たちは、アフガニスタンの彼らとあまりにも遠いところにいます。
あまりに遠く離れてしまうと、もはや希釈を越えて、無関係が作り出されてしまう。そう感じました。それ以来、距離というものについて、考えるようになりました。
ここに紹介する写真は、2002年から2003年にかけて、アフガニスタンや隣国のパキスタンを仕事で訪れた際の、懐かしい映像です。
"cafe project 2008"で、アフガニスタンのことや、距離について、一緒に思いを馳せることができたら幸いです。』(松岡建一郎)
  2008.06.29 sun 12:00~18:00
  @ atelier shinya miura
  photo exhibition + cafe project 2008
三浦慎也アトリエ 一級建築士事務所  ATELIER SHINYA MIURA